草薙 健太
中京大学スポーツ科学部 競技スポーツ科学科准教授
1.スポーツSDGs推進団体「re輪」活動の目的
近年、持続可能な世界を実現するための17のゴール・169のターゲットから構成された国際社会全体の目標である「Sustainable Development Goals※1(以下SDGsと略記する)」活動が様々な場面において推進されている。
これらの、SDGs推進の動きは、スポーツ界においても重要視され、スポーツ庁※2は、「スポーツSDGs」としてスポーツ界ならではの持続可能な開発目標を国内外に推進している。
また、日本スポーツ協会※3は、スポーツが生み出す環境問題の改善を図る委員会を設置し、より具体的な「スポーツSDGs」の方法を模索している。
しかしながら、「スポーツSDGs」を取り巻く現状としては、どのような活動がスポーツSDGsにあたるか一般的に認知されているとは言い難く、実際のスポーツSDGs活動の報告も散見される程度である※4。
そこで、本稿では「スポーツSDGsの推進」をテーマに実践した「re輪」活動によって得られた成果を開示することで、「学生が成長する主体的な学び」の一事例を提案する。
同時に、草薙ゼミナールが実践する、実践型の課題解決型学習によって得られる学生の成長と、学外企業連携によって創出される教育的価値について、実際の「re輪」活動から得られた成果より考察することとする。
2.スポーツSDGs推進団体「re輪」の成果
スポーツSDGs推進団体「re輪」の発足は、日本スポーツ産業学会が主催するスポーツに関するアイデアコンペに応募するアイデアを草薙ゼミナールの講義内で募集したことがスタートである。実際に学生がアイデアコンペで掲げた「re輪」の活動テーマは、「競技引退後に廃棄処分となるユニフォームやスポーツ用具のアップサイクルシステムの具現化」であり、アイデアコンペでは最終審査まで進み、そのアイデアは、スポーツ産業学研究に招待論文として掲載されている。このように、学部生のうちに学術研究誌に論文が掲載されること自体が一つの成果と言えるが、「re輪」の成果として特筆すべき点は複数のアップサイクル企業とコラボレーションし、資金調達も含めた自走式の活動団体として、⑴ 2つのスポーツ衣類再利用システム構築による廃棄スポーツ衣類の削減、⑵回収再利用スポーツ衣類による二酸化炭素排出抑制量の可視化、を成し遂げた点にある。
⑴における2つのスポーツ衣類再利用システムついては、①子供のスポーツ衣類の再利用販売システムと、②大学部活動に所属する選手のスポーツ衣類の再利用システムの2つを構築し、廃棄スポーツ衣類の削減を実現している。
まず①については、すぐにサイズアウトする子供のスポーツ衣類の再利用率を高めるための無料回収イベントを中京大学スポーツ振興部と協働で実施している。段ボール30箱分の子供スポーツ衣類を回収し、回収した子供スポーツ衣類は、豊田市役所SDGs推進課が豊田市駅前で1年に数回開催するSDGsイベントにて、「スポーツ衣類の袋詰め販売(300円の小袋・500円の中袋・1000円の大袋の3種類を用意)」を行っている。20箱程の子供スポーツ衣類の販売による再利用と5万円程度の売り上げを得ている。現在では、家計に優しく子供スポーツ服が購入できることからリピーターも抱えている([資料1]参照)。
また、②については、衣類の回収業務と衣類全般のアップサイクル事業を愛知県内で展開する㈱鈴六と連携し、大学内にスポーツ衣類の回収ボックスを設置したことで、当初の目的であった「スポーツ衣類の再利用システム」が構築されている。さらに、回収されたスポーツ衣類は、1㎏10円で購入いただくことで回収等にかかるコストの支払いをカットでき、多くのスポーツ衣類の廃棄削減に貢献している。なお、㈱鈴六との連携事業は、中京テレビのSDGs特集で放映され、多くの反響をいただいたことも付記しておく。
一方、⑵については、グリーンフロント研究所㈱と連携し、「re輪」のスポーツ衣類回収が、世界的にSDGsの主要な取り組みとして注目されている二酸化炭素の排出量抑制にどれだけ貢献しているかの可視化を実現している。実際、半年間のスポーツ衣類回収によって、バレーボールコート20面分の二酸化炭素排出量を抑制する結果が示されていることから、これらの結果は次年度以降に、「re輪」のスポーツSDGs活動がもたらす環境保全効果として、実践論文としてまとめる予定である。
学生における活動の多くが戦略の提示や企画提案までの産学連携事業を占める中で、スポーツに特化したSDGs組織である「re輪」の活動は、地域密着型で顧客を獲得し、2つの地元企業との連携による利益を用いた自走型持続的運営団体にまで至っている。そこが最大の成果であると言えよう([資料2]参照)。
[資料1] 「re輪」子供スポーツ衣類袋詰め販売
3.実践型の課題解決型学習によって得られる学生の成長
前述した「re輪」の活動によって得られた成果は、当初予定した以上の成果となっていることは言うまでもない。
では、如何ように、求める成果と学生の成長の両輪を育むのかというテーマに対して、草薙ゼミナールでは、溝上ほか※5が示した、〝社会生活の中で直面する様々な課題をチームで協力して解決する過程で、課題解決に関する能力と取り組み姿勢や態度を身につける〟「課題解決型学習(Problem Based Learning:以下PBL)」を実践している。筆者は、これらの実践型のPBLによって学生が成長するか否かを分ける重要な点は、何かを失わないために実践する〝防御的思考〟によるPBLではなく、何かを得るために実践する〝獲得型思考〟によるPBLにあると学生に伝えている。即ち、「失敗しない」ことを前提に取り組む実践課題設定ではなく、学生自身が「チャレンジから学びを得る」ことを主眼とした実践課題の設定が、学生の成長にポジティブな要因となると考えている。
これらの考えから、草薙ゼミナールにおいては、「スポーツを見る・する・支える」という共通テーマ内に該当すれば、自由に課題設定ができるようにしている。このように、学生の成長には、自己決定課題の解決が最も責任感を持って学べる題材であり、その課題解決をチームで「共創」して実践することで、多様性を尊重する機会が創出され、学生の成長は加速度的に高まると感じている。また、複数のチームで異なる課題解決型学習を実施し、その進捗をプレゼンテーション形式で発表する機会を定期的に開催することで、課題を解決するための「仮説」の客観的評価力が向上し、自らが実践する課題に対する具体的な解決策を導出する思考力が成長すると考えている。
つまり、実践型の課題解決型学習で得られる学生の成長は、〝自らが興味を持つ課題〟の自己設定と〝多様性を尊重するチーム型での課題解決型学習の実践〟によって、得られるものと筆者は考える。他方、これらの学生の成長には、自己決定した課題を達成したときに得られる自己肯定感に対する賞賛を用いた承認と、Tell-Sell型のティーチングから、Ask-Delegate型のコーチングへとシフトチェンジした教育スタイルが重要であろうことも付記しておく。
4. 学外企業連携によって創出される教育的価値
草薙ゼミナールでは、3年次の春学期開講直後に、NPO団体や豊田市役所、イベント企画会社、地元テレビ局など、学外の有識者に対して、ゼミ生自らのアイデアを基にした企画立案を10分程度でプレゼンテーションする機会を設けている。さらに、10分程度のプレゼンテーション後には、有識者による質疑応答も実施されることから、〝本命企業における就職活動の最終面接〟と変わらぬ緊張感の下で、プレゼンテーションを進めていくこととなる。このようなプレゼンテーションでは、自分達の仮説をロジカルに伝えられる能力が必須であることから、プレゼンテーションによる一種の経験型学習によって、その後の就職活動や教員採用面接や公務員面接における本番特化型の事前学習にも成り得る。また、これらのプレゼンテーションには、企業種別や有識者の専攻分野によって、複数の異なる指摘を受けられる。それらは、学生にとって自分にはない価値観や発展的なクリティカルシンキングに触れる素晴らしい機会となる。また、学外企業においては、学生とのコラボレーションを求めているケースが多い傾向が見られることから、プレゼンテーションを数回にわたって根気よく継続することで、企業や有識者側から、アイデアの具現化に向けたコラボレーションに繋がることも少なくない。とりわけ、「re輪」のように、スポーツに特化したSDGsの推進は、その物珍しさから企業側へのコマーシャル効果も高いと考えられる。故に、その費用対効果の良さから、企業側から運営資金となる対価が支払われることで、その資金によって、「re輪」が生み出す環境保全データの広告展開や次なる活動(2023年度は地域スーパーにスポーツ衣類の回収ボックスを設置予定)費用の捻出も可能となる。
よって、学外企業連携による教育的価値は、学外の多様な人々と協働することで身につく、発展的なクリティカルシンキングなど、学内の学びでは得られない実践で生きるスキルの構築と、新たな対人関係の構築によって得られた視点から生まれる自己成長志向こそが、教育的価値と言えよう。
5.結語
本稿においては、草薙ゼミナールにおける課題解決型学習が育む成長と教育的価値について、「re輪」の活動から考察を進めてきた。しかし、これらの成果は、教員である私では考えもつかない知的好奇心によって生み出される柔軟な思考と、様々な失敗を成長の機会として諦めずに改善を続ける姿勢によって得られたものである。我々教員は、いつの間にか自分の物差しで学生を見ていることによって、学生が自ら成長する機会を奪っている可能性について、もう一度再思考すべきではないかと自問自答する今日この頃である。
2023年度のゼミナールでは、すでにラジオ番組の編成やアスリートフードの開発、アスリートのメンタルサポートを推進することが決定していることから、自分の物差しを脱却した視点で学生の主体的成長のサポートに勤しみたい。
末筆ながら、草薙ゼミナールの活動に多大なるご支援をいただいている、㈱鈴六様、グリーンフロント研究所㈱様、豊田市役所様、ひまわりネットワーク㈱様、㈻梅村学園様に紙面を借りて御礼申し上げたい。
参考資料
- 外務省ホームページ、SDGsとは?
https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/oda/sdgs/about/index.html、2023年3月10日最終閲覧 - スポーツ庁ホームページ、スポーツSDGs
https://www.mext.go.jp/sports/b_menu/sports/mcatetop08/list/1410259.htm、2023年3月10日最終閲覧 - 公益財団法人日本スポーツ協会(2020)公益財団法人日本スポーツ協会定款、
https://www.japan-sports.or.jp/Portals/0/data /somu/doc/teikan2018.06.22.pdf、2023年3月10日最終閲覧 - 來田享子、環境保護の視点からみるスポーツの持続可能性に関する調査研究、日本スポーツ協会スポーツ医・科学研究報告、2020。
- 溝上慎一、成田秀夫(2016)アクティブラーニングとしてのPBLと探究的な学習、東信堂。