一般社団法人 日本私立大学連盟(JAPUC)
特集

大学職員のワークスタイル  ― ニューノーマル時代の働き方を考える ― 大学職員のワークスタイル  ― ニューノーマル時代の働き方を考える ―

2019年4月、長時間労働の是正や多様で柔軟な働き方ができる社会の実現を目指した「働き方改革関連法」が施行された。各事業体も生産性を維持したうえで、時代に対応したかたちで従業員がより働きやすい環境整備に向けた取り組みが進められている。
その最中、世界的規模で起こった新型コロナウイルス感染拡大は、従来の働き方に対する私たちの価値観やライフスタイル全般において、大きな影響を与えた。このことは、大学の組織運営においても新たな変化をもたらしている。
大学の日常は、コロナ禍の緊急事態宣言下で対面授業がオンラインに切り替えられ、教員や学生が接触する機会を大幅に減らすことで感染拡大防止への対策が講じられてきた。以降、オンラインと対面を併用したハイブリッド型授業も今ではスタンダードな形式となっている。大学事務業務においても、教育研究支援や学生サポート、ネットワーク・セキュリティ等において事業継続計画(BCP)の観点から、さまざまな業務改革が加速している。そのような環境変化があり、大学職員のワークスタイルもさまざまな変化が始まっている。
多様化する社会のなかで、大学がニーズを捉えて持続的に発展していくためには、大学運営を支える事務組織においても、従来型の業務スタイルからシフトチェンジしていくことが求められている。大学職員のライフステージに応じた柔軟な働き方を可能にして、個々の知識や経験を生かしながら成長し、活躍できるよう、勤務制度や職場環境を時代に合わせていかにデザインしていくべきかという課題に向き合っていかなければならない。
特集では、働き方改革に関するプロジェクトへの取り組みや勤務時間制度の見直し、コロナ禍がきっかけで始まったテレワーク(在宅勤務)の導入やフリーアドレス化の定着、オフィス環境整備など、魅力ある職場づくりをすすめ、業務改革を実践している大学を紹介する。ニューノーマル時代の大学職員のワークスタイルを考える機会としていきたい。

オフィスが人を育てる― 津田塾大学のオフィスリニューアル ―

菊池 太陽
津田塾大学教務課長補佐

1 リニューアルの概要

津田塾大学では、2019年にオフィスを全面的にリニューアルした。本学では最も大きなオフィスで、5つの部署の50人が勤務している。リニューアルにあたっては、業務内容に応じて自由に場所を選べる、いわゆるABW(Activity Based Working)の考え方を取り入れ、さまざまなタイプのワークスペースを設置した。たとえば、一人で集中できる席、気軽にミーティングができる席、資料を広げた作業に適した大きなテーブル席などがある。リラックスして業務に取り組めるソファ席では部署をまたいだスタッフ間の交流も盛んに行われている。これまで足りなかった会議室の数も見直し、機能的な執務環境となった。オフィス形態としては、完全なフリーアドレスではなく、部署内で自由に席を選べるグループアドレスを採用した。また、個人の荷物は一人ずつ与えられたロッカーで管理することで整理整頓を徹底している。
ABWの導入にはあらゆるデバイスの無線化が前提となる。リニューアルに際して、PCはすべてノート型に置き換え、ネットワークは無線化し、電話もPHSに交換した。これにより、どこでも仕事ができる環境が整った。また、多様なワークスペースを設置するため、オフィスの使い方を徹底的に見直した。倉庫的な用途で使われているスペースは、最低限必要なものだけ残して、あとはすべてオフィス外に移動した。こうして生まれた余剰スペースを、より機能的な用途に転換した。 以上がリニューアルの概要である。大学の事務局が取り組んだことに多少の先駆性はあったかもしれないが、設備としてはいまや多くの企業が採用しているものであり、とりわけ目新しいものではないだろう。そこで以降では、プロジェクトの進め方と成果にフォーカスし、そこでの工夫などを中心に述べていきたい。

2 なぜABWか?

スタッフ自身が働く場所を選べるABWを採用する企業が増えている。作業効率を高め、マンネリを回避し、コミュニケーションを促進することを目的としている。本学でも、プラン策定の早い段階でこれを採用することに決めた。リニューアルの目的の達成にABWが手段として最適だからだ。
ABWは「業務に応じて」、「スタッフ自らが働く場所を選ぶ」。つまり、スタッフ一人一人が自分の業務を見つめ直し、どこでどのように働くのが効率的かを考え、自律的に選択する。そこでは、受動的ではなく能動的な行動が生まれている。私たちはこの効果を大きく評価している。ABWによる行動変容を、業務に対する意識変容に繋げること。「やらされている」という感覚では、やはり仕事は楽しくない。その解決策のひとつがABWなのである。スタッフを信頼し、自己裁量を与えること、それがモチベーションの向上に繋がることを期待している。

3 ワークショップとしてのリニューアルプロジェクト

プラン策定にあたっては、あらゆる事柄を学内のプロジェクトチームが中心となって決定した。間取りや什器にはじまり、壁紙や床材など内装にいたるまで、ほとんどすべての項目である。巷にはオフィス改修を得意とする業者が多々あり、そうしたところに丸投げする選択肢もないわけではなかったが、あえて私たちは自分で設計することを選んだ。そこにはいくつかの理由がある。 まずは「大学事務の特殊性」である。大学の事務局は執務空間であると同時に学生対応の窓口でもある。一般企業とは空間の利用の仕方や利用者の属性が大きく異なる。また、そこで行われる業務も多岐にわたる。これらに配慮しつつ最適なプランを提示できるのは、ふだんからそこで働く自分たち自身だと考えた。これが第一の理由である。
そして、より重要なのは次の理由である。このプロジェクトの目的は、単に「什器を新しくすること」ではなく「働き方を変えること」であった。機能的なプランを提示するだけで済むなら話は簡単だ。しかし、実際はそれだけではプロジェクトは成功しない。いくら設備を整えたところで、それを使う人間の意識が変わらなければ期待した効果は得られないからだ。働き方改革はスタッフの意識が変わってはじめて達成される。どのような設備が導入されたか、ではなく、なぜこの設備を導入したのか。この「なぜ」が理解されることが必要なのだ。つまり、成功の鍵は、プランの背景にある設計思想が広く共有されることにある。だから私たちはプランの細部にいたるまで自分たちで決めることとし、このプロジェクト自体をある種の「ワークショップ」として盛り上げることにした。そこで働く人々を「当事者」として巻き込んでいくために。

4 プロジェクトをワークショップ化する施策

プロジェクトを進めるにあたっては次のことを意識した。
①情報開示とオープンな議論
②意思決定プロセスへの参加
③できるアクションから始める
まずなによりも「情報開示とオープンな議論」である。当事者意識を持ってもらうにはプランが密室で策定されてはいけない。議論の過程がオープンで、いつでも意見ができる環境であることが必須である。そこで私たちは、検討中のプランを常に開示し、ご意見フォームを常設してスタッフから意見を募った。有益なアイデアはプランに反映し、反対にリニューアルに対する心配事には都度説明して不安の解消に努めた。
また、「意思決定プロセスへの参加」も重要である。プラン設計に関しては、各部署へのヒアリングとフィードバックを繰り返し、できるだけスタッフの思いがプランに反映されるように努めた。とりわけ関心が高いインテリアデザインの選定に際してはスタッフ全員の投票によって決めるなど、事務局が一体となるイベントとして盛り上がるよう企画した。 そして、最も効果的なのは「できるアクションから始める」ことだ。目に見える変化があれば人は動き出す。最初に始めたのは「キャビネットの整理」であった。改修前のオフィスには書類キャビネットがずらりと並んでおり、かなりのスペースを占めていた。オフィスに保管する必要があるものとそうでないものを峻別することからはじめ、紙で保管する必要がないものは電子化することとし、ペーパーレス化を推進するワーキンググループを組織して計画的な電子化を進めた。日に日にキャビネットが少なくなっていく光景を見える化することで改修への気運が高まったと感じている。 また、毎週特定の曜日を「断捨離デー」とし、不用品の処分を習慣化した。こちらも掛け声倒れとならないよう、オフィスの目立つ場所に即席のゴミ箱を設置して見える化の工夫をした。さらには、メルマガ「断捨離通信」を定期的に発行して働き方改革に関するコラムや先進的な企業の取り組みを紹介し、啓蒙活動も積極的に行ってきた。ほかにも、それまで各部署がそれぞれ管理していたコピー用紙や文房具を一元管理するなど、まずは身近なところから合理化を進めたことは非常に効果的であった。
段階的な業務改革を経たことでスタッフの意識も徐々にアップデートされ、竣工後にはすぐに新しい環境に馴染むことができた。

リニューアルコンセプト

SMART Work Style

Slim
業務のムダ、スペースのムダをなくします
Meet
いつでも気軽に打ち合わせができる環境をつくります
Arrange
目的に応じて作業スペースを選べます
Relax
気分転換ができる空間をつくります
Try
新しいことに挑戦できる環境をつくります

①学生・職員の導線と業務内容に応じた効率のよいゾーニング計画
②ペーパーレス・グループアドレス化に伴う適正な家具の種類・台数・レイアウト
③コミュニケーションやリフレッシュの場の提供と充実
④効率性・快適性・創造性を空間と家具のデザインで具体化し、付加価値を創出

5 「働き方改革」の先にあるもの

先述のとおり、リニューアルの目的は働き方改革である。だが、実はこれは正確ではない。「働き方改革」は手段であって本当の意味での目的ではないからだ。本当の目的とはなにか。答えは、そこで働く人々の「意識を変えること」である。
ここで、コロナ禍における本学の業務の取り組みに触れたい。業務でもさまざまな場面で感染症対策が求められるようになってきたコロナ禍当初、すでに自席にとらわれない働き方が浸透していた本学では、ほとんど抵抗なくテレワークに移行することができた。そして、コロナ第5波が落ち着きを見せ、多くの企業がテレワークから出社へと戻す動きが見られはじめた執筆時現在でも、私の部署では比較的高いテレワーク率を維持している。課員からはテレワークに最適化した情報共有や業務遂行のアイデアが次々と出され、むしろコロナ禍以前よりも生産性が向上している。 この例に見られるとおり、リニューアルの最も大きな成果は「変化を受け入れる組織に生まれ変わった」ことにある。困難な状況にあっても柔軟に対応し、そこで高い創造性を発揮できる組織。自ら考え、最適な環境を構築し、自走する組織。これはスタッフ一人一人の意識が変わってはじめて手に入れることができたものである。
リニューアル完成時、われわれは新しいオフィスを「オフィス2.0」と呼んだ。これまでのオフィス1.0からの大幅なバージョンアップを意味すると同時に、2.1、2.2、2.3……とマイナーアップデートを重ねていく余地があることも含意している。おそらく、コロナが終息して日常を取り戻したとしても、いずれ再び業務方法の変更を強いるような災害やパンデミックは発生するだろう。それでも本学はきっと対応できる。オフィスそれ自体が、日々スタッフを育てているからだ。 最後に、本学のミッションステートメントの紹介をもって締めくくりたい。そこには「逆境を、創造を灯す光に」という一節がある。まさにいま、この不確かな時代にこそ求められる力であろう。本学のオフィスリニューアルでは、これを掲げる大学自身が、その実践としてあるべき姿を示すことができたのではないかと、そのように感じている。

ソファ席
新たに導入したソファ席
リニューアル後のオフィス
リニューアル後のオフィス。学生が親しみやすいよう通路を広くした。