18歳人口の減少により大学進学志願者を入学定員総数が上回る「大学全入時代」が間近に迫る中、2024年度には、全国の四年制私立大学の59.2%において、入学者が定員割れという厳しい現状が明らかになった。近年では、大学入学者選抜は、私立大学だけでなく、国公立大学においても多様化が進み、総合型・学校推薦型(旧AO・推薦)入試の割合が増加している。
そのような中、文部科学省は2021年7月の「大学入試のあり方に関する検討会議提言」に基づき、高大接続改革や大学入学者選抜方法の改善を一層促進する観点から、大学入学者選抜における好事例集を発表している。
記述式問題の出題や総合的な英語力の育成・評価、多様な背景を持つ学生の受入れ、入学後の教育との連動など、大学入学者選抜と大学教育の一体的な改革が求められているなか、各大学においては、それぞれのアドミッションポリシーに応じた特色ある入学試験を実施している。
本企画では文部科学省が好事例としている大学入学者選抜に焦点をあて、今後のあり方を検討するきっかけとしたい。
全国児童養護施設 推薦入学者選抜
杉本 卓
青山学院大学副学長(学務及び学生担当)
1 スクール・モットー
『地の塩、世の光』
本学は、青山学院の幼稚園から大学院まで共通するスクール・モットー『地の塩、世の光』(※「あなたはかけがえのない存在だ」という主イエスが語った宣言。この考えを生かし、本学においては『地の塩、世の光』として人々や社会に貢献できる人間になってほしいという人物像を指し示した言葉でもある。)に基づき、「全国児童養護施設推薦入学者選抜」を2018年度より導入した。この制度は、様々な事情で高等教育への進学が困難な方に進学機会の提供を図ることを目的とした取り組みであり、児童養護施設に入所し本学への進学を希望する方々を対象としたものである。
2 制度導入のきっかけ、
数値でみる実態
本学では社会との連携を深めるために様々な地域・団体と交流を行っている。この制度導入は、そうした交流の中で、高等学校に通う児童養護施設入所者の大学進学という進路選択へのハードルの高さを知ったことがきっかけとなっている。実際、中学3年以上の児童養護施設入所者の大学または短期大学への進学希望は、令和5年の時点で、「希望する」35.6%、「希望しない」29.5%、「考えていない」29.2 %であった(『児童養護施設入所児童等調査の概要(令和5年2月1日現在)こども家庭庁』より)。それに対し、高等学校等卒業者の卒業後の状況について、令和5年度春の大学・短期大学進学率は61.1%となり、過去最高となっている(『令和5年度学校基本調査の結果』文部科学省より)。
3 制度構築にあたって
本制度の構築にあたっては、現状やニーズの把握のため、制度草案を提示したうえで全国の児童養護施設長を対象とした意見聴取を実施した。その結果、「児童養護施設出身者は大学への進学自体が厳しいだけでなく中退率も全国平均と比較して非常に高い」ことが分かったため、「入学時だけでなく入学後の支援も充実させる」ことが重要であると判断した。
4 本制度の特徴
~複層的・継続的な支援~
本制度の特徴は、⑴全国の児童養護施設に入所している方を対象とした入学者選抜の実施による教育機会の提供を行うとともに、⑵経済的支援により学びを追求できる環境を整備し、⑶人的支援による個々の状況に応じたケア等を行うことで、大学生活が順調に進められるように複層的、継続的な支援を提供している点にある。
【特徴 ⑴】 教育機会の提供
入学者選抜については、「社会福祉法人全国社会福祉協議会 全国児童養護施設協議会」に加盟の全国に約600ある児童養護施設に本学より募集要項を送付し、その施設長(施設責任者)による推薦に基づき入所している方に対して実施している。募集学部・学科は、制度開始以来、全学部・全学科とし、募集人員は募集学部合計で若干名(2025年度)である。第一次審査は書類審査(調査書、学修計画書、志望動機・理由書、児童養護施設長推薦書)とし、交通費等の負担軽減を行うことで日本全国から受験しやすい環境を整えた。厳正な第一次審査を経て、第二次審査では志望学科による面接を課している。なお、他の入学者選抜とは異なり、志願者及び入学者のプライバシーや個々の背景に関する情報についてより慎重な管理が求められるため、大学ウェブサイト等においても入学者選抜制度の概要のみを公表し、受験状況(志願・合格・入学者数等)は非公表としている。
[参考資料1]全国児童養護施設
推薦入学者選抜要項2025
【特徴 ⑵】 経済的支援
入学後の学びを支えるための経済的支援としては、学費(入学金、授業料、在籍基本料、施設設備料、教育活動料)、諸会費等(学友会費、後援会費、校友会費、学会費)を免除するとともに、勉学を支援するための奨学金制度(月額10万円給付)を整備している。本制度について対象学生からは、「学費全額免除に加えて生活費もいただけるため、アルバイトで働きづめになることなく学業に専念できた点がかなり大きかった。」との声があり、経済的支援は有効に機能していると考えている。
【特徴 ⑶】 人的支援
入学後の人的支援としては、学生の所属学科において専任教員からアドバイザー教員を1名配置し、関係各部署との連携のもと、個別性の高いサポートを受けることができる体制を構築した。アドバイザー教員は、原則として月1回以上面談し、学生の修学から学生生活に関する様々な相談を受ける重要な窓口となって、相談を受けた内容に応じて臨機応変に教務や学生生活の事務と連携して、学生の悩みや問題の解決を図っている。対象学生からは「施設で育った背景を知って自分のことを気にかけてくれる存在が大学にいるというのは、きっと想像以上に心強いものであると思う。」との声があり、期待以上の役割を果たしていると実感している。
5 制度運用開始から7年、
今後に向けて
本制度の運用から7年経過したため、対象学生やアドバイザー教員へのアンケート回答や聞き取りを参考に、支援体制の課題を洗い出し改善を図っている。また、生活面での支援については、学生一人一人の背景が異なることから画一的な支援ではなく対象学生ごとの支援を継続して実施する予定である。
今後は当該入学者選抜での入学者の修学状況を踏まえ、当該入学者選抜における出願資格や募集人数等の見直しを進めていく予定である。ただし、本制度は経済的支援による本学の支出も伴うため、募集人数を増やすためには、賛同くださる企業や個人からのご支援も必要不可欠であると考えている。
最後に、本学の取り組みが多くの大学にとって参考となり、同様の支援制度が拡大していくことを期待したい。
[写真1]相模原キャンパス
[写真2]青山キャンパス マクレイ記念館