乾 眞寛
福岡大学スポーツ科学部教授〝FUスポまち〟
コンソーシアム幹事長
はじめに
「地域貢献は、無償の奉仕?」。多くの大学は、大学の基本的使命として「教育、研究、医療、地域貢献」などを掲げている。しかし、大学内部では地域貢献活動に対する評価制度や大学教員の資格審査、人事査定にその活動内容が反映されることは少ないのが現状である。
したがって、〝地域貢献マインド〟を持つ大学教職員と持たない教職員の差は、埋めようもない。〝やる人はやるが、やらない人は全くやらない〟のが常である。福岡大学は、9学部2万人がワンキャンパスに集う西日本でも有数のマンモス総合大学である。全国各地の私立大学と地元地域との距離感や親近感、繋がり具合にはそれぞれ千差万別あると思われるが、福岡大学と地元福岡市との特別な関係性を、愛着心を持って表す表現に「石を投げれば、福大生に当たる」という言葉があるくらい、地元地域との交流や距離が近いのが福岡大学の特徴でもある。
当然、28万人を超える卒業生の多くが地元に就職しているため、卒業後の福大生同士の繋がりはビジネス界でも存分に活かされている。また、広大なワンキャンパスの敷地内には、大学病院、医学部、薬学部、スポーツ科学部がある。JR博多駅から地下鉄でわずか20分の利便性と好立地な城南区七隈の地に、地域医療の拠点病院(年間外来患者数32万人)と第3種公認陸上競技場、プール、総合体育館などのスポーツ施設群が徒歩圏内に並び建ち、日頃から地域の方々が気軽に足を踏み入れる大学でもある。土日祝日には、大学のリーグ戦、各年代別の各種スポーツ大会の公式戦会場になることも多く、福岡市内はもとより九州圏内から、小学生、中学生、高校生などの若者からシニアの世代まで幅広い層の学外者がキャンパスを訪れている。少子高齢化社会の到来と共に、私立大学に期待されるべき使命や役割は、多方面に広がり変化してきている。特に、健康寿命を延ばし、スポーツによる健康で活力あるまちづくりのために、子どもからお年寄りまで一緒に集うような「新しい地域スポーツ振興」は、私立大学の地域貢献課題の一つとしてこれから益々期待され、注目される分野でもある。
ただし、単なる属人的なボランティアや無償の奉仕活動ではなく、将来的にきちんと持続可能な仕組みや体制づくりも極めて重要な要素である。今回は、2022(令和4)年度から新しく福岡大学で取り組みを始めた「福岡大学スポーツ・健康まちづくりコンソーシアム(略称:〝FUスポまち〟コンソーシアム)」の地域貢献活動について紹介する。
1. 〝新しい地域スポーツ〟の価値創造
大学の体育会系スポーツには従来、「大会での活躍、競技会での勝利が期待され、大学の知名度やブランド力の向上、母校への帰属意識の醸成、学生募集」などの価値が求められる。しかし、大学キャンパス内のスポーツ施設は、正課授業や部活動の活動時間以外の空き時間帯はほぼ使用されず、そのまま放置されている場合が多い。授業期間中の平日は使用枠が埋まっていても、長期休業中や土日祝日には必ず空きがある。もし、この空き時間の施設有効利用が革新的に進めば、大学周辺の地域スポーツ振興はその期待度を大幅に上回る可能性(潜在力)があると私は確信している。また、大学スポーツ施設だけでなく、高度な知見を有する指導者やハイレベルな学生アスリート人材も豊富なスポーツ資源だと言える。しかし、指導者や学生が目の前の試合や大会に出場して勝つこと以外の価値観を持てていない大学体育系運動部がほとんどであり、新しい地域スポーツの価値創造という視点・論点がなかなか育ちにくい風土が根強く残っているのが現状である。かく言う筆者自身も、大学の特別強化部に指定される運動部の監督職を現役で務めているが、私自身は競技面でのスポーツ強化と地域スポーツ振興の両立は、場の提供や人、資金、時間のマネジメント力があれば充分可能であると考えている。だからこそ大学スポーツ資源を活用した持続可能な地域スポーツ振興モデルの自走化は、これからの地域スポーツの新しい価値創造となり得ると信じたい。
2. 〝FUスポまち〟コンソーシアムの設立
[図1]コンソーシアムの事業概要
2022(令和4)年9月、〝FUスポまち〟コンソーシアムを設立した[写真1]。福岡大学がハブの役割を果たし、自治体(市民局、福祉局、教育委員会ほか)6団体、企業、地元プロスポーツ団体など計20団体(発足時は14団体)が地域のスポーツ振興、健康なまちづくりの推進を目的とした共同体を形成・運営している[図1・2]。福岡大学の学長がコンソーシアム会長となり、学内の〝地域連携推進会議〟を通して、大学執行部や事務局などの全学的な組織体制を丁寧かつしっかりと構築した。また、学内の社会連携センター事務室内にコンソーシアム事務局を置き、常時対応可能な窓口を設置している。定期的な幹事会の開催と運営を担当職員がサポートすることになり、継続的で安定した運営体制が確立された。コンソーシアム幹事会では、参画団体からの要望やスポーツ・健康づくりの地域課題に対する様々な提案が出され、毎回解決策の検討を前向きに行っている。2024(令和6)年5月の幹事会では、福岡市福祉局、福岡市立障がい者スポーツセンターからの提案をきっかけに、地元プロスポーツチームの公式戦当日の試合会場とその周辺で、市民向けのパラスポーツ体験会の開催や大学内のスポーツ資源を活用したインクルーシブな教育機会や場の創出に関するイベント企画が具体化した。この企画は、福岡大学から2024(令和6)年度スポーツ庁公募事業「感動する大学スポーツ総合支援事業」に申請して、見事に採択された。これで2022(令和4)年、2023(令和5)年、2024(令和6)年度と3年連続して、公募事業にも採択され、学内のみならず、幅広い地域貢献事業として学外でも認知され、大学発の一大新規プロジェクトとして評価されてきた。
[写真1]記者発表の様子
[図1]コンソーシアムの事業概要
[図2]コンソ-シアムの学内組織図と外部機関との連携について
3. 福大型(集合型)部活動地域移行トライアル
スポーツ庁によると2023(令和5)年度~2025(令和7)年度の3年間は部活動の〝改革推進期間〟とされ、2024(令和6)年度に入り、全国各地で様々な実証事業(全国510市町村)が展開されている。スポーツ庁では、大学と地域との連携モデルや大学アスリート人材を部活動指導者として活用することを積極的に推進するよう求めている。しかし、実際にはまだ、このような取り組みに大学側がどこまで踏み込んで対応していくのか、判断を迷っているのが現状である。そこで福岡大学では、大学周辺の福岡市城南区にある市立6中学校校長会と連絡協議会を開き、とりあえず2023(令和5)年2学期の3カ月限定(10月~12月)での週末部活動の地域移行トライアルを進めていくことになった[図3]。2023(令和5)年度スポーツ庁・UNIVAS※の公募事業に採択された今回のトライアル事業は、あくまでも城南区内だけでの特別な試行であり、毎週末の土曜日に大学内のスポーツ施設に中学生が集まり、複数の学校の生徒たちが合同で練習する、いわば〝地域クラブ活動〟の形態を取り、中学校の部活顧問教諭ではなく、研修を受けた大学生アスリートが実技指導するという活動スタイルを採用した。自宅から大学へは生徒自身が自転車で20~30分程度で通えて、親の送迎がなくても無理なく集まれる距離であった。種目は、中学校側からのリクエストに応えて、サッカー、陸上競技、剣道、バレーボール(女子)の4種目限定で実施され、延べ650人(中学1・2年生)が参加した[写真2]。大学生を中学校へ派遣する指導員派遣型は、全国各地の体育・スポーツ系大学や学部でいくつかの先行事例が見受けられるが、大学スポーツ施設に、直接中学生を集める集合(集約)型部活動支援は前例が無く、スポーツ庁からの注目度も高いトライアル事業となった。福大型トライアル事業開始前に、大学内で対面式の指導者養成講座(AED実習を含む)を開催して、120人の指導員候補者を確保した。その中から、さらにオンライン講座「ブカツゼミ」(学校法人三幸学園開発、100テーマ)を受講完了した運動部学生100人を指導員人材バンクに登録した。100人のうち、教職課程履修者が7割で、教員志望の学生たちにとって、教育実習以外では貴重な指導体験の機会にもなっており、指導への意欲は高く、皆が前向きな姿勢で取り組んでいた。参加した中学生のアンケート結果からは、大学生指導者に対して、専門種目の知識や指導力が高く評価され、9割の生徒から前向きな評価を受けていた。また、他の中学校の生徒との合同練習形式に違和感はほとんどなく、むしろ良い意味での緊張感があり、新しい仲間づくりで養われる社会性が向上したという意見が多く出ていた。
この事業に参加した学生からは、学内キャンパスでのスポーツ指導ならば今後とも継続的に関わりたい、との感想も多く出ていた。まだまだ短期間のトライアル事業の域を超えてはいないが、大学スポーツ資源を活用した部活動地域移行に新たな可能性が見出されたと言える。
[図3]2023(令和5)年度公募事業における具体的な連携先について
[写真2]4種目のスポーツにて活動を展開
4. 事業の収益化と組織の自走化
日本では、学校部活動の指導や地域スポーツ指導者への対価はなく、これまでほとんどが無償の奉仕、ボランティアという言葉で曖昧にされてきた長い歴史がある。 今回、「大学スポーツ資源を活用した地域振興モデル創出支援事業」を展開するに当たって、我々が目指したのは原則として必ず指導者への謝金を出すこと、さらに学生アシスタントにも必ず指導料を支給する有償化を徹底している点である。
2022(令和4)年度は20事業(参加者4500人)、2023(令和5)年度は30事業(参加者5700人)を展開してきたが、すべての事業に対して、指導者への謝金を支給している。 しかし、今後もコンソーシアム事業が持続可能で自走化していくためには、スポーツ庁からの補助金支給ありきの体制ではなく、各イベントや講座毎の収益化を図りながら、行政、大学、企業が一体となった産学官連携体制の確立が求められる。そこで、2023(令和5)年9月に一般社団法人FUスポーツコミュニティを立ち上げ、コンソーシアム事業の発展や収益性の向上、自走化に向けた産業界との連携体制を強化することにした。2024(令和6)年度からは、「福岡大学市民カレッジ」のスポーツ系講座の開催や各種イベント等の企画、運営、実施を行い、自走化への道のりを歩み出した。既に、一般社団法人には常駐する事務局有給スタッフ(1名)を雇用し、4月からは福大キャンパス内に法人事務所も開設。本格的に稼働している。法人事務局では、各種イベントや講座の企画から告知、参加者募集、会費の徴収、学生アルバイトの募集や管理、スポンサー料収入、謝金の支払いなどの会計業務を日常的に行える組織体制を整えている。今まで、ほんの一部の大学教職員が休日返上の無償無給のボランティア活動として行ってきた地域スポーツ振興活動を、専属スタッフによる正規の業務として運営していけるよう、新しい仕組みづくりにも挑戦している。
5.経済同友会との包括連携協定の締結
2024(令和6)年7月9日、福岡大学と公益社団法人経済同友会(新浪剛史代表幹事)は、包括連携協定の調印式と記者会見を大学内で開催した。経済同友会の中にある「スポーツとアートによる社会の再生委員会」が、2023(令和5)年3月に提言として発信している〝スポーツエコシステム〟の目指すところと、〝FUスポまち〟コンソーシアムの事業内容が極めて親和性が高く、お互いが目指す〝新しい地域スポーツの価値創造基盤の創出〟という理念が完全に一致したことから、具体的な連携協定の締結に発展した。今後は、身近な地域のスポーツ振興や中学部活動の地域運営移行、障がい者スポーツ振興、あらゆる年代をターゲットにしたスポーツ参画人口の拡大といった多様な地域課題に対して、産業界からの支援策を協議していく[図4]。いかにwin-winに協業していけるのかを互いに模索し、社会実装を目指していくことになる。産学官連携はもう既に耳慣れたワードだが、大学スポーツ資源を活用した地域スポーツ振興モデル創出という分野においては、画期的な出来事である。コンソーシアム事業の収益化、自走化への力強いサポートが実現すれば、私立大学経営においても大学スポーツの役割や可能性が改めて見直されるターニングポイントとなることは必至である。
[図4]ウェルビーイングなまちづくりの実現
※ 一般社団法人大学スポーツ協会の略称であり、225大学と33団体・6連携会員が加盟している(2024年5月並びに7月時点)。