一般社団法人 日本私立大学連盟(JAPUC)
実験の様子
実験の様子
寄稿

[私立大学のミライー研究編ー]「先端メディア」と「味覚メディア」が拓く未来 [私立大学のミライー研究編ー]「先端メディア」と「味覚メディア」が拓く未来

宮下 芳明
明治大学総合数理学部
先端メディアサイエンス学科教授·学科長

私立大学のミライ概要

大学の使命は、歴史的には教育、研究とされてきましたが、第三の役割として社会貢献が求められています。全国の私立大学では、日々特色ある教育・研究・社会貢献活動が展開されています。本企画では、加盟大学の魅力溢れる活動の中から、興味深い研究成果や地域連携事例などを紹介し、様々な角度から私立大学のミライを描き出します。

はじめに

明治大学総合数理学部先端メディアサイエンス学科(以下、FMS)は、2013年に設立された、未来のコンピュータ技術を研究する学科である。先端メディアとは、生成AI、メタバース、五感コンピューティングやドローンなど、広範囲にわたる分野を含む概念としての「未来のコンピュータ」のことである。FMSではこれらの技術が一般に広く知られる前から、先駆的な研究、そして教育を進めてきた。ドローン技術に関する授業では教室内でドローンを飛ばし、メタバースに関する授業では教員がアバターの姿で講義をし、学生たちはその模様をX(旧Twitter)で実況し、トレンド入りするほどに盛り上がっている[写真1・2]。

ドローンに関する講義風景
[写真1]ドローンに関する講義風景。ドローンからどのように見えているかをスクリーンに映しながらジェスチャ認識(数学アルゴリズムを介し、身体の動きや表情でデバイスの制御を行う仕組み)で制御する。
メタバースについての授業風景
[写真2]メタバースについての授業風景。教員がアバター姿で講義している。

1 未来のプロトタイピング

「先端メディア」という概念は、学科設置準備時期であった2009年にはなかなか伝わりにくいものであった。「近い将来、人工知能が人間と区別がつかないほどに発展する」「人々が音声でコンピュータと対話するようになる」「人々が移動しなくてもオンラインで仕事をするようになる」「人々がVR空間で交流するようになる」「あらゆるものがインターネットにつながるようになる」「ものをダウンロードして使う時代がやってくる」「コンピュータが視聴覚に加え味覚·嗅覚·触覚も操るようになる」「人間の脳とコンピュータが接続されるようになる」といったビジョンは、夢物語だと思われていた。しかしその後、生成AI、スマートスピーカー、テレワーク、メタバース、IoT(Internet of Things)、3Dプリンタ、五感コンピューティング、BCI(Brain-Computer Interface)といった言葉で、ようやく世間に理解されるようになった。

FMSでは、先端メディアがどのようにあるべきかを考察するために、「プロトタイプ」の試作と検証を行う。学生たちは、この研究活動を通じて実践的な問題解決能力を身につけ、未来の技術を実現するためのスキルを磨いている。例えば、太陽電池で動く3Dプリンタを試作して花見の際に持参し、その場でフォークをプリントするなど日常的に使ってみることで、未来のコンピュータが生活をどのように変えるかを具体的に検証する。なお、理系の学部では珍しく、1年次から研究室に配属されるので、入学直後からこうした研究活動の現場を体験できるカリキュラムとなっている[写真3]。

花見に持参した太陽電池駆動3Dプリンタの様子
[写真3]花見に持参した太陽電池駆動3Dプリンタ。これから出力したピンで敷物を止め、同じく出力したフォークで食事している。

2 味覚メディアの研究

宮下研究室では、視覚や聴覚と同様に味覚を入出力し自在に変える「味覚メディア」の概念を提唱し、その研究を盛んに行っている。特に、電気を用いて味の感じ方を変える研究は2023年のイグ·ノーベル賞(栄養学)を受賞した。代表的な成果の一つに「エレキソルト」がある。電気味覚を応用して薄味の減塩食を濃い味に感じさせる技術を用いた食器で、2024年5月にキリンから発売された。人体に影響のない微弱な電流を使って塩味を約1.5倍に増強できるので、減塩が必要な人の食生活の質を向上させる可能性を秘めている[写真4]。
また、宮下研究室は株式会社NTTドコモとの共同研究「フィールテック 味覚共有技術」でも注目されている。味覚共有とは、離れた場所にいる人同士が、同じ味覚体験を共有できる技術である。綾瀬はるかさんと彦摩呂さんが出演するテレビCMでそのビジョンが広く知られるようになった。テレビに映る料理の味も、食レポで想像するのでなく、実際にお茶の間で追体験できるようになる。 さらに、三井物産株式会社との共同研究で、安価なコートジボワール産のチョコレートドリンクを、高級なペルー産チョコレートドリンクと同じ味に変えることにも成功した。稀少食材の味を再現·複製できることから、味覚メディアは食糧問題への貢献も期待されている[写真5]。

食器「エレキソルト」
[写真4]薄味の減塩食を濃い味に感じさせる食器「エレキソルト」。お椀形状やスプーン形状がある。2024年 内閣府「日本オープンイノベーション大賞」日本学術会議会長賞を受賞。
実験の様子
[写真5]味を自在に変えられる味覚メディア「TTTV3」を用いて、チョコレートドリンクの味を変化させる実験。

おわりに

FMSでの研究は、学術的な成果にとどまらず社会実装されている。味覚共有やエレキソルトは、研究が社会や生活に貢献する具体例である。このような実践を通じて、学生たちは自分たちの研究が世の中を変えている実感を得ることができる。
FMSは、先端技術の研究を通じて、近い将来訪れる「コンピュータと人間の新しい関係」を示そうとしている。卒業生たちは、未来を予測するだけでなく、未来を自ら創り出す力を身につけている。彼ら·彼女らが生み出す革新的な技術やサービスが、私たちの生活をどのように豊かにしてくれるのか、とても楽しみである[写真6]。

全天球スリーン前の集合写真
[写真6]ラスベガスにある全天球スリーン「The Sphere」を見学後、サンフランシスコでの国際学会「UIST2023」で自らの研究成果を学会発表する学部4年生たち。