一般社団法人 日本私立大学連盟(JAPUC)
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小特集

不要になったアクリルパーテーションー学びの付加価値を付けた再生 ー 不要になったアクリルパーテーションー学びの付加価値を付けた再生 ー

コロナ禍において、各大学は感染拡大を防ぐため、またオンライン授業実施に向けてITツールなどを積極的に導入するとともに、Zoomなどのオンライン会議システムを活用して授業を提供する体制を構築し、各所にアクリル板を設置するなど学習環境の整備を進めた。また、学内においても、感染症対策に最大限留意しながら教育活動を行い、学生や教職員はマスクの着用や手指の消毒、ソーシャルディスタンスの確保に留意するといった新しい生活様式が浸透した。
しかし、2023年5月8日に新型コロナウイルスが5類感染症に移行したことを受けて、大学の光景は再び変化することとなった。対策が緩和され、コロナ禍前と同様に教室での対面授業が主流となり、各所に設置されていたアクリル板なども撤去され、学内の雰囲気は以前のような活気あるものへと戻りつつある。同時に、コロナ禍の経験から得た利点や技術も生かしながら、場所や時間の制約を超えた柔軟な学びの機会も提供し、より質の高い教育環境を構築する取り組みも進んでいる。 環境省は不要になったアクリル板などの感染対策の備品について、プラスチック使用製品廃棄物などの排出抑制や再資源化実施を呼びかけている。その一方で、アクリル板などが不要となり対応に苦慮するなど、新たな社会課題となっている。
今号では、アクリル板をはじめとした新型コロナウイルス対策の備品について、不要となった際に「廃棄」ではなく、リサイクル・アップサイクル、レガシーとして再活用されている事例を取り上げ、大学においてどのような取り組みがなされ、活用されているのかを共有する機会としたい。

アクリル板のリユース
―卒業生へのサプライズプレゼント―

高岡 淳
学校法人関西大学常任理事・法人本部長

1 アクリル板の設置と撤去

まず、新型コロナウイルス感染症への関西大学の対応、その感染予防対策として実施したアクリル板の設置について振り返ってみたい。
本学では、従前から感染症を含む危機事象を想定した危機管理体制を構築しており、今回の新型コロナウイルス感染症に関しても2020年1月に対策本部会議を立ち上げ、早々に事態の分析と対策・施策の策定に着手した。
対策本部会議では、政府などから出される感染防止措置を受けて、協議のうえ学舎などの出入口における消毒液や非接触型体温計の設置、教室への消毒セット配置、教員へのフェイスシールドの配布、そして教室や食堂などにおけるアクリル板の設置などの感染予防対策を施した。 アクリル板については、飛沫感染防止対策として2020年5月から教室、食堂、コモンズを中心に順次設置を開始し、最終的には全キャンパス合計で約7000枚を設置するに至った。 そして、アクリル板の設置から3年が経過した2023年5月には、新型コロナウイルス感染症の感染症法上の位置づけが2類から5類へ移行することを受けて、対策本部会議においてアクリル板をはじめ消毒液などの感染予防の備品を撤去することとなった。
撤去したアクリル板は、再び感染が拡大した場合に備えて各部署で保管することになったため、各部署とも保管場所の確保に苦慮するとともに将来不要となった場合のリユースを含めた適切な処分方法が課題となっていた。

アクリル板を設置した授業の写真
アクリル板を設置した授業

2 コロナ禍での学生生活

今春の卒業生の大半は、2020年4月入学生、すなわちコロナ禍のために入学式が挙行できなかった世代である。恐らくコロナ禍で最も被害を被った世代ではないだろうか。
入学した直後に1回目の緊急事態宣言が大阪府下に発令され、入学式は中止、オリエンテーションは、履修ガイダンスや学生証の交付など、必要最小限のものに限定された。春学期の授業はリモートが中心となり、クラブ・サークルの勧誘イベントはすべて中止、入部の機会さえなかった。また、キャンパス内は立ち入り禁止の措置が取られたため、学生間の交流や友達作りなども制限され、本来1年生の間に体験できる様々な機会が失われることとなった。
2021年度になるとワクチン接種が進んだこともあり、対面授業が増え、課外活動も徐々に行われるようになってきた。長期間“ステイホーム”を強いられた学生達は、最初のうちは、思うように友達作りができず、また課外活動団体へ入部する機会がない状態が続いたが、徐々にではあるが本来のキャンパスライフを取り戻していった。
このような状況は就職活動にも少なからず影響を与えた。クラブ活動やアルバイトなど実体験が極端に少なかったことから、就職活動における、いわゆる“ガクチカ”(「学生時代に最も力を入れたこと」の通称)を表現することもできなかった。当該学生達は2年生になる頃から就職活動に対する不安がつのり、就職活動の本番でも常に不安が付きまとったのではないだろうか。
この世代の学生達のほとんどは、入学前に思い描いていたのとは全く異なる不安、孤独、忍耐、犠牲ばかりの学生生活に始終することとなってしまっただろう。2023年5月にようやく新型コロナウイルス感染症が感染法上の5類移行という出口が見える頃には4年生になっていた。そして、その学生生活には常に、人と人とを隔てる「アクリル板」があった。

3 アクリル板リユースの検討

5類移行後、学内から撤去されることになった大量のアクリル板が、各キャンパスの倉庫に保管されたが、これらの処分や再利用をどうするのか、全学の会議においても議論があり、SDGs推進や環境保全を担当する高橋智幸副学長に委ねられることとなった。
本学は、2008年に「関西大学環境保全プロジェクト」を設置以降、2009年に「関西大学環境憲章」及び「関西大学環境方針」を発表するとともに、2015年には常設の「学校法人関西大学環境保全委員会」を設置し、学園全体の環境保全について様々な取り組みを進めている。
また、2018年には学長のもとにSDGs推進プロジェクトを設置し、教育、研究、大学運営に加えて、学是「学の実化」のもと、産学官連携によってSDGs達成に貢献すべく、「関西大学SDGsパートナー制度」を設け、地方自治体、企業、他大学、NPOなど70を超える団体と連携している。 これら環境保全やSDGsの分野を教学組織内で取り纏めていたのが高橋副学長であった。その高橋副学長から環境保全委員会の事務局を担当している小職にアクリル板リユースについての相談があった。
当初は、本学出資の事業会社「株式会社関大パンセ」に依頼し、アクリル板を加工したキーホルダーやクリアケースなどを商品として販売してもらうことを想定していた。しかし、議論を重ねるうちに、コロナ禍に屈せず強く逞しく大学を駆け抜けた卒業生全員にアクリル板を加工した記念品(フォトスタンド)を贈呈することの方が意義深く、喜んでもらえるのではないかとのことで意見の一致をみた。
この決定を受けて、本学からアクリル板の再利用について知恵や技術を有する企業を募ったところ、ある業者から、フォトスタンドへの再加工が実現可能とのアイデアが示された。コロナ禍の混乱の中で各部局が調達したアクリル板の数は必ずしも正確に計数されておらず、果たして卒業生6500名分を加工することができるのか、全学からトラックで回収したアクリル板の山を前にしても、なお不安であった。そしてさらなる課題は、卒業生全員に配るための加工費をどう工面するかであった。

4 加工費の工面

経費捻出の問題に頭を悩ませていたところ、在学生の父母・保護者によって組織されている教育後援会が支援に名乗りをあげてくれた。同会は、大学の教育方針に則って、日頃から物心両面に渡りきめ細かな援助をしていただいている本学にとって極めて心強い支援団体である。
同会は、「100円朝食・100円夕食」への支援、年末帰省できない学生やアルバイトができない学生に向けた「食」の支援の他、コロナ禍における友達作り支援サイト「触れずにフレンズ」の開設やワクチンの大学拠点接種を実施した際、接種した学生に対して大学前商店街で利用できる500円クーポン券を配付していただくなど、日頃から大いに協力をいただいていた。
今回も、とある会合において同会会長と同席することがあり、アクリル板リユースのお話をしたところ、副学長と小職の思いを汲んでいただくとともに経費捻出についても理解をいただいた。 その後、同会では会長のもと、各所への調整を済まされ、今回の卒業記念品に係る費用について無事捻出いただく運びとなった。そしてこの計画が実現に向け大きく動きだすこととなった。
同会の温かいお気持ちは学生や我々教職員の励みにもなり、この場を借りて厚く御礼申し上げる次第である。

5 プレスリリース

大学としては、卒業生へのサプライズプレゼントの意味合いもあり、3月19日に予定されている卒業式まで公開しないという選択肢もあった。しかし、アクリル板の再活用は大学だけでなく社会全体の課題となっていることから、速やかにその取り組みを広く公表することが大学としての責務であると判断し、1月26日の学長主催のメディア懇談会で紹介するとともに、1月30日にプレスリリースを配信した。
プレスリリースには学長のメッセージや、趣旨に賛同し、協力いただいた教育後援会長のメッセージ、そして本学のSDGsの取り組みなどを掲載した。その上で、卒業生への思いとして、アクリル板を擬人化し、「卒業生のみなさんへ みなさんとは、キャンパスの中で授業やランチの時に一緒に過ごさせてもらいました。…」と記載したアクリル板からのメッセージカードを添えた。このメッセージは卒業式当日に初めて全文を公開して記念品に添えることにした。
配信後は、SDGsや入学時、コロナ禍の影響を多大に受けた2020年度入学の卒業生に対する取り組みなどといった観点から複数のメディアから問い合わせがあり、ウェブニュースに取り上げられた他、新聞紙面でも大きく掲載された。

6 卒業生へのサプライズプレゼント

フォトスタンドの納品があったのは、卒業式の2週間前だった。納品後、早速小職の手元にサンプルが届けられた。透明の袋から取り出してみると市販のものとは違い、フォトスタンドの表面には細かな傷が入っていた。「この傷は今春卒業する学生達がコロナ禍で過ごしたあの苦しかった時間を刻んでいる」そう思えて、綺麗なものより格別な味があった。卒業生はこのサプライズプレゼントをもらってどう思うだろうか、卒業式の日が楽しみになってきた。
いよいよ卒業式の日を迎えた。入学時は、マスクで表情さえ見えなかったが、この日はみんな笑顔だった。友人と談笑している人もたくさんいる。入学後キャンパスライフが思うようにいかず、苦労を重ねてきたこの世代だから、その学生達を送り出す日は、我々教職員には何か特別な思いがあった。
卒業式で学長は式辞の中で「コロナ禍の中でも、みなさんは勉学を続け、卒業という大きな成果を上げられました。みなさんの努力を称えます。そして、みなさんの協力に感謝します。ここにおられる全てのみなさんを誇らしく思います」というメッセージを送った。
卒業生総代からの答辞では、「コロナ禍でなかなか自分が思い描いていた大学生活を送れなかった人も多いかと思います。コロナでなければと考えてしまうこともあったかもしれません。しかし、このような状況だからこそ生じた感情や考えがあり、その感情に基づいて行動したことで、出会えた人がいて、得られたものがあったと思います」、「これまで当たり前だと感じていた日常生活が、様々な人々との繋がりの連鎖によって生み出されるかけがえのないものであるということを再認識することができた」など、コロナ禍で過ごした学生生活をむしろポジティブに捉えている言葉に我々教職員は感銘を受けた。

アクリル板をリユースしたフォトスタンドは卒業式終了後、各学部の学舎で卒業証書とともに配布された。
配布されたフォトスタンドには、卒業生と苦難の時を共に過ごした“関西大学アクリル板一同”からのメッセージカードが収まっていた。メッセージ全文は次のとおりである。

フォトスタンドの写真
配布したフォトスタンド

みなさんとは、キャンパスの中で授業やランチの時に一緒に過ごさせてもらいました。でもみなさんは、マスクをしていることが多く、なかなか顔を覚えられずにいました。
やっとマスクを外したかなと思ったら、私が退場することになりました。しばらく大学内で活躍する機会は訪れないと思いますので、私はみなさんと一緒に関西大学を卒業します。学生時代の思い出としてそばに置いていただければ嬉しいです。
関西大学アクリル板一同

アクリル板一同からのメッセージのポスター
アクリル板一同からのメッセージ

サプライズプレゼントを受け取った何人かの卒業生に感想を伺うことができたので記載しておきたい。

化学生命工学部Aさん
アクリル板が再利用されていると聞いて驚いた。アクリル板を見ると心苦しい気持ちになるが、フォトスタンドになることで、思い出を残せるプラスのイメージになった。

社会学部Bさん
アクリル板は人と人を隔てるもので、何をするにしても「敵」のように感じていたが、それが思い出を飾れるグッズになり、アクリル板は「敵」という認識から「味方」に変わった。

政策創造学部Cさん
学生生活や就職活動を経た今となっては、あの時アクリル板があったから、様々な活動が再開できたのだと思う。教職員のみなさんがアクリル板だけでなく、様々な感染予防対策をしていただいたおかげで、1年生の秋学期には対面授業を受けられるようになった。ほんとうに感謝している。

人間健康学部Dさん
フォトスタンドは普段から使用している。今回、アクリル板が再利用されているということで、市販で購入するよりも親近感があり嬉しい。学生時代の思い出の品として喜んで使用したい。

フォトスタンドを手に喜ぶスーツの卒業生2名
フォトスタンドを手に喜ぶ卒業生2名

フォトスタンドを手に喜ぶ卒業生

最後に

今般の卒業生へのサプライズプレゼントは、大学関係者他多くの方々の協力で実現することができた。この場をお借りして感謝申し上げたい。
そして、コロナ禍という逆境を乗り越え、卒業の日まで懸命に前進してきた卒業生のみなさんに敬意を表するとともに、みなさんの未来が明るく輝くことを心から祈念している。