一般社団法人 日本私立大学連盟(JAPUC)
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小特集

デジタル時代の高等教育を支える、先進的アプローチ デジタル時代の高等教育を支える、先進的アプローチ

あらゆる業界でデジタル化やDX化が進展している中、この流れは、大学業界においても例外ではない。コロナ禍の影響により、大学では、オンライン教育環境の整備やDX化が急速に進展し、オンライン教育環境整備におけるデジタル化の一例としては、講義資料などのオンライン配信、課題提出、成績管理など多くの機能を有するLMS(学習管理システム)の導入が挙げられる。また、柔軟な学習環境の提供のためのBYOD(Bring Your Own Device)の導入も各大学で進んでいる。
その中で、「学生証」に関するデジタル化の取り組みを行う大学も出てきており、世界中で利用できる学生の身分証明書である国際学生証(ISIC)もアプリが導入されるなど、欧米を中心とする海外の大学では、すでにデジタル学生証やモバイル学生証を導入している大学も出てきている。日本国内においては、企業と連携しブロックチェーンなどの最新のデジタル技術やアプリを活用した学生証のデジタル化に向けた実証実験に取り組んでいる大学もある。これらの取り組みには多くのメリットがある一方で、デジタル化に伴うコスト負担、セキュリティの問題やプライバシーの懸念、デジタル格差の拡大などいくつかのリスクや課題も存在する。
本企画では、急速に進むデジタル化の中における「学生証」について、各大学・企業の取り組み事例を基に、現状と課題、今後の展望を探る機会としたい。

学内PASSの実証実験について

新山 文洋

東洋大学情報システム部情報企画課課長

笠原 隆

東洋大学学生部学生支援課課長

1 実証実験の背景

東洋大学では、「東洋大学教育DX推進基本計画(2021年1月に策定)」の一環として「東洋大学公式アプリ」に学内PASSの機能(通称「TOYO-PASS」)を開発し、運用している。今回は、この「TOYO-PASS」に係る取り組みをご紹介したい。
この計画は、学生と大学とのデジタル的な接点を強化することで、学生の行動履歴等のキャンパスライフに係るデータを一元的に把握し、成績や履修、進路情報等と併せて統合的に把握·分析·活用することとしており、計画の全体像のなかの一要素として「TOYO-PASS」の開発に着手したものである。
また、初期費用を抑えることや学内諸制度の改善が先に必要であったため、マイナンバーとの紐づけやブロックチェーン対応、交通系ICカードとの連携などはいったん後回しにしている。本学が行った実証実験は、今後想定される学生証のデジタル化に備えた試みであることから、同様のお悩みをお持ちの大学にとって参考になれば幸いである。

さて、学生証の提示を求める事例や件数について、全学的にきちんと把握したことはあるだろうか。凡(およ)そのケースは挙げられるかもしれないが、少なくとも本学では、利用実績まで十分把握してはいない。
図書館の入館時や証明書発行機での本人確認などが主な利用であり、そのほかとして定期試験受験時の机上提示がたまにある程度である。かつては、窓口対応のときに学生証を提示させることが頻繁にあったが、ほとんどの業務対応がWebシステムによる申請や閲覧が可能になった今、カード学生証の利用は段々と少なくなっていると思われる。一方、学外では、美術館や映画館その他公共施設等の学生割引の利用が主であろう。学生たちにとってはどちらかといえば学外利用のほうが重要な使途でもある。

このような状況下で、本学では磁気カード学生証の発行を長きにわたり、継続してきている。 また、学則には「入学手続を終えた者には、学生証を交付する」と規定しており、本学学生としての身分を証明するものとして、発行は必須なものとしている。磁気カード学生証でないとダメだと学則で縛っているわけでもないが、なんとなく長らく続いている学生証としての役目が磁気カードに残り続けている。 一方、学内で行った学食サービスに係る学生アンケートでは、ほとんどの学生が電子決済やキャッシュレスに対応する習慣があることが明らかとなっている。そのほかのアンケートやリクエストフォームなどでも電子決済対応を希望する声がよく届く。 商品等の購入時の支払いと併せて、利用者の信用のもとに手続きが成立しているケースが世間一般的になってきたことに対し、大学サービスが依然として物理的なカードがないとサービスが受けられない、といったままでは、「時代に取り残されてしまう」ことは十分予測できる状況にある。

2 カード学生証のしがらみ

カード学生証にはいろんなしがらみがある。本学では新入生が入学するまでに、8000を超えるカード学生証を教務や情報システム部が発行しないといけない、いざ学生が使おうと思ったときに磁気データが消えて飛んでいて、窓口に行く羽目になる、定期試験のときに学生証を無くした学生が焦って再発行の申し込みに来た、図書館の入館ゲートにカードが詰まって困る、洗濯機で漂白してしまったので使えなくなって困った学生が再発行手数料(2000円)が惜しくて諦める、といったいろんなことが起きていた。

さらに、学外の学割、とりわけJRの学割発行のためには、証明書発行機から専用用紙に印字しないといけないので、証明書発行機を使わないといけない、定期券購入のための有効期限がある学生証裏面シールを毎年張り替えないといけない(JRの見直しにより令和6年度から制度変更された)など、直接学生証とは関係なさそうで、実は関係してしまう、学内だけでは解決できないさまざまなものが絡みついていて、それをまずは解きほぐす必要がある。

3 TOYO-PASSの開発

こうした背景を踏まえて、「東洋大学公式アプリ」に学内パスとして、「TOYO-PASS」という機能を開発した。
機能としては、通常のスマートフォンカメラでは読み取ることのできない暗号化された二次元バーコードを表示し、本人情報の確認が可能になるというものである。教職員アカウントで起動した同アプリには読み取り機能も付いており、「東洋大学公式アプリ」がインストールされたスマートフォンやタブレットさえあればどこでも読み取り可能になるものとした。読み取り専用機も買う必要がない。
さらに、なりすまし対策として、一定時間を超えれば二次元バーコードが無効となるように施した。また、画面のスクリーンショットを他人に悪用されないよう、目視でも気づくように、秒まで表示する日時表示や、画面の一部をアニメーション表示する(動いてみえる)などの工夫をした。こうした技術的な検討も内部だけではなく、先進事例に携わっている企業とともに検討することで、短期間で導入まで一気に進められたが、あまり複雑な機能はあえて備えず省き、シンプルな機能だけに留め、今後拡張していくために必要なサービスや機能については、当面の間、内製化して進めることとした。
ちなみに、学生証の二次元バーコード化の実現をしたかったわけではなく、今後のデジタル化に向けた学内諸制度の解決が目的であるため、永遠に二次元バーコードで対応したいということではない。
然るべきタイミングで社会的な環境変化にも対応し、デジタル学生証に移行して、カード学生証そのものが不要になることがよいと考えている。

4 実証実験では何をしたか

実証実験で試みたのは、まず学内において「TOYO-PASS」を学生証に準じて本人確認に用いる」ことを決めた。学生証忘れで何かが利用できない、諦めるというのはよくない。図書館や各キャンパスの事務部にも相談し、窓口や入館時の対応に協力してもらった。次に、学内イベント参加によるチェックインを試みた。例えば、国際部の留学フェア、就職·キャリア支援部の就職説明会、ガイダンスなどである。
当然、事前予約·登録者のみ参加を認めたいケースもあるので、事前予約サイトはWebフォームを自分たちで作り、そこから事前予約者のみがチェックインできるようにしている。

また、オンライン授業やウェビナーにも対応して欲しいというリクエストが集まったため、投影資料側にアプリ専用の二次元バーコードを載せれば、学生側のアプリからでもチェックインできるように改善し、ウェビナー対応も行った。
こうした活動により、従来は当該部署しか把握していなかった学生記録が部署を越えて、比較的容易にまた短時間で共有できるようになった。
従来であれば、「こういう学生データない?」と、いろいろな部署に聞いては「うーん、あるみたいだけど担当が持っててわからないよ」「去年のだったらあるけど、今年のはまだ集計中で渡せる段階にないよ」「ウチのキャンパスのものはあるけど、全学分はないよ」といった具合で、学生がどんな活動をしているのか、学内企画がどれくらい参加されているか、ひいては、学生がどのような経験をし、成長に影響を与えているのかについて、可視化できる状態ではなかった。

2023年度時点では、学長の命により「データ利活用特区」として就職·キャリア支援部、国際部、学生部が中心となって積極的に活用してもらい、データ利活用について部署間を越えて取り組んでいる。
また、学内専用のデータポータルサイトを構築し、段階的ではあるが、多様な学生の状況を教職員が俯瞰できるようにしている。いったん可視化し始めると、これではまだ情報が足りないという声も出る。「もっと学生のことを把握したい」という欲求に繋がることは計画としては望ましいことであり、まだ十分ではないがこのスタートラインに立てたことは大きいと思われる。

学生向けの案内の例の画像 学生向けの案内の例

5 学生体験、学生同士の共感を生むTOYO-PASS

本学の「教育DX推進基本計画」は学生体験を重視する計画でもあり、少しだけ異なる仕掛けもある。
「入学式の入場者受付でTOYO-PASSを使おう」学内のワーキングなどを通じて検討し、およそ8000名の新入生を日本武道館で「TOYO-PASS」を使って受付することとなった。毎年、日本武道館入場口では、学生証提示に慣れていない新入生が居たり、雨天だったりすると傘を差しながら、手元で学生証を出すのにバタバタする。ちょっとしたことだが、これが5分10分と続くと武道館周辺は混雑し、通勤時間帯の九段下駅の混雑にも繋がってしまう。結果、新入生の約8割がTOYO-PASSで入場し、アプリや同時集計しているシステムも止まることなく、スムーズな入場受付ができたが、「TOYO-PASS」を読み取ると同時に、同アプリにある「MyJourney」機能と連携して、入学式で感じたことやこれからの思いを学生たちにコメントしてもらった。
「MyJourney」機能とは、キャンパスライフのなかで、自己省察したり、将来の目標を記録することのできる機能であるが、これと連携することで学生体験の可視化と共有に繋げることができた。なお、コメントはAIを活用し、ワードクラウド化して学生らに共有した。これによりZ世代にとって重要といわれる、他者理解、他者共感が得られやすい取り組みとなった。

また、本学では、「TOYO SPORTS VISION」を掲げており、スポーツを「する人、みる人、ささえる人」を応援する活動に大学を挙げて取り組んでいる。この活動と絡めて、硬式野球部やラグビー部の試合会場でのチケット配布にTOYO-PASSを活用した。これによりチケット配布や集計に従事する職員や部員らの事務負担を減らすだけでなく、前述のMyJourney機能と連携して応援コメントを寄せてもらうなど、大学スポーツ応援文化の醸成に繋げるよう、取り組んでいる。

そのほか、「すきまのIT相談室」という職員らのIT課題解決チームにより、「TOYO-PASS」を使って、アスレティックトレーニングルームの利用者受付の省力化を図った。その他の学内の施設予約や貸出にも「TOYO-PASS」が徐々に使われ始めており、受付業務の簡素化にも役立ててもらっている。
このような形で、単なる施設利用の手続き効率化や出席記録に留まらずに、そのデータを活用することと併せて、利用者には体験の一環として自身の振り返りに繋げてもらうなど、これまでの学生証の枠や概念を越えた活用を生んでいる。
なお、同アプリは、専任教職員および非常勤講師も利用しているため、「TOYO-PASS」は教職員の本人確認にも利用できる。キャンパスの入構確認だけでなく、FD研修会の出欠管理、研究室や実験機器の利用予約管理なども他アプリと連携しながら対応することが可能である。
「学生証」のことに取り組んでみたら、「教職員証」の解決範囲が見えてきたりする。実証実験をしたことで、人事部や入試部、管財部などの法人部門や学生部等の教学部門との協働により、さまざまな業務上の課題が互いに見えてくることもある。

入学式における実証実験の様子を伝える記事の画像 入学式における実証実験の様子を伝える記事

6 今後のこと

本学では、定期試験時の本人確認、学外利用の対応がまだできていない。定期試験はやり方次第で対応可能とも考えられるが、本人が受験しているかを確認するには、顔写真の登録·表示も対応範囲に入ってくる。
現在の「TOYO-PASS」では、「身元確認」として本人が本学の学生として実在しているかの確認範囲であり、「当⼈認証」と呼ばれる、確かに同一人物がその行為をしているか、といった当⼈性を確認することには課題がある。
顔写真データの登録·表示は、もちろん技術的には可能であることは承知しているが、顔写真は個人情報でもあり、当人認証ができるため、認証技術の安全性を上げることが必要であろう。セキュリティ管理について、技術的な確認はもちろん、学内制度の整備や運用面の課題を先に解決すべきであると考えている。
また、行政手続きの際に本人の確認を法令上必要とするケースと、学内の学生証利用のケースは異なるかもしれないが、大学は、学位の授与や各種証明書の発行、単位を授与する試験の実施といった比較的公共性の高い行為がなされている機関でもあることも認識したうえで進めなくてはならない。
すでに政府等が民間と連携し、「デジタル本人確認ガイドライン」などを示していることから、それらを参照しながら、本人確認レベルの重要度合いといったものを仕分け、整理することも必要であろう。また、単に利便性だけではなく、大学の信用を担保することにも留意することが求められる。
学外におけるデジタル学生証の普及については、他大学の先行事例にも大きく期待したいところではあるが、大学ごとに個別の機関に都度確認を取ったり、認証を受けたりするのは互いにハードな業務となる。然るべき時期において、組織間の垣根を越えた社会的インフラ整備の一環として、学生証(学割を含む)に関するデジタル対応について、全体的な最適化を図るようなアクションを期待したい。その時は、本学もこれまでの失敗や経験をフルに活かして、他大学や他機関と連携して取り組みたいと考えている。

東洋大学「教育DX推進基本計画」関連サイト

https://www.toyo.ac.jp/academics/improve/vision/dx/plan/