西村 幸夫
観光まちづくり学部長
1 コロナのただ中で
新型コロナウイルスの影響で、私たちの日常生活のスタイルはおおきく変わってしまった。社会経済に与えた影響も計り知れない。とりわけおおきな打撃を受けているのは、ひとが動いたり集まったりすることに関連した産業である。観光産業はその代表格のひとつとして、しばしばメディアにも取り上げられてきた。
しかし同時に、この間、観光においても新しい芽が全く出てこなかったわけではない。県境をまたいでの移動がままならないという事情が生んだ新しい動きのひとつとして、マイクロツーリズムというものがある。普段はそれほど目がいかない近場の人気スポットが俄然注目されるようになり、行ってみると意外におもしろいということで、地元の魅力を見直す動きにつながってきている。また、修学旅行なども遠くへ行くのが難しいという事情から県内や近県への訪問となる例が増え、その結果、地域を見直すという新しい教育旅行の成果も生まれてきており、予想以上に好評だと聞く。
観光スポットにおいて多くの店舗が苦境に立たされている中でも、それほど影響を受けていない店舗もないわけではない。よく聞くと、地元に愛されている店はこうした非常時にも強いという。ちょっと前までのインバウンドのブームの最中には見えなかったような地域観光の実情が見えてきたのである。
地域を支える重要な経済システムのひとつとして観光をとらえ、同時に地域のレジリエンスを高めることに貢献するようなあり方を模索し、そのことが地域の魅力を高め、地域の人々によっても「住みがい」を増すことにつながるような手立てを考えることは、来るべきコロナ後の社会を考える際にも重要となってくるだろう。
とりわけ、国境がふたたび開き、このところ遠くへ行けずに不満がたまっている人々が海外から訪れるようになったときに、ふたたびオーバーツーリズムや観光バブルに踊らされることなく、地域が賢く成長し、地に足がついたまちづくりを進めていけるように、現段階から備えておくことは重要なことだと思う。
2 「観光まちづくり」という発想
地域に根差して観光を考えるということ、すなわち地域の環境を磨き、うまく活かすことと、地域の社会を支え、人々に生きがいをもたらすこと、そして地域の経済を元気にするということ、これら3つのことを同時に達成するような仕組みを、観光を軸に考えることを「観光まちづくり」と呼ぶ。
コロナ禍に見舞われ、私たちはこうした観光まちづくりの重要性にふたたび気づかされたと言える。従来は、観光というものは外部からの来訪者に、地域にお金を落としてもらい、それで地域経済を潤わせる仕組みとだけ見られることが多く、その結果、地域社会と軋轢を生じるということが懸念されてきたからである。
他方、地域社会を大切にするまちづくりは、地元コミュニティに密着するあまり、他者との関係に積極的な関心を寄せないこともままあった。まちづくりは自分たちのためにやっているのであって、他人のためではないという主張である。
こうして従来は、観光とまちづくりは平行線をたどることも少なくなかったが、人口減少や高齢化が進む中で、空家問題の深刻化など、事態は変化してきた。地域そのものを守り活かすというおおきな方向性では両者は一致していることから、地域に軸足を置いた観光まちづくりが謳われるようになってきたのである。
観光まちづくりという用語がはじめて公式に用いられたのは、当時の運輸省観光部の主要メンバーと各界の学識経験者から成るアジア太平洋観光交流センター観光まちづくり研究会2000年3月発行「観光まちづくりガイドブック:地域づくりの新しい考え方~『観光まちづくり』実践のために」においてである。この主張は2000年12月に出された運輸省観光政策審議会(当時)の答申に盛り込まれた主要7施策の筆頭に掲げられた。筆者は前述の観光まちづくり研究会の主査を務め、観光政策審議会メンバーでもあったので、観光まちづくりという発想の誕生の現場に深くかかわることとなった。
以降、観光立国の掛け声のもと、海外からの来訪客が急速に伸び、観光政策は産業政策としても、地域政策としてもおおきな柱として認知されるようになっていった。そのなかで観光まちづくりも地域に根差した観光を考える際の重要な視点として各地で推進されるようになってきた。
3 國學院大學観光まちづくり学部の設立
こうした状況のなか、2022年4月、國學院大學観光まちづくり学部は定員300名で開設された。
國學院大學は、1882年に国学・神道の研究教育機関として誕生した皇典講究所を母体として創設された大学で、神職養成のための学部および課程を有する特色のある大学である。そうした國學院大學になぜ、観光関連の学部なのかといえば、地域コミュニティの弱体化がもたらす危機感、すなわち神事を核として成立している地域の祭りの存続や継承への危機感からだった。地域が元気を回復し、明るい将来を描くことに大学も寄与すべきであるという方針が固まり、地域に軸足を置いた観光まちづくりを進める人材を育成することを目的とした新しい学部が生まれたのである。
文理が融合した知恵で、地域を見つめ、地域を動かすこと、それを地域のみならず、関係人口を巻き込んで展開していくことによって、夢のある明るい未来像を地域にもたらすこと、こうしたことを通して観光まちづくりの思想を具現化しようとするものである。
観光まちづくりに理系や文系の区別はほとんど意味がない。多様な人材がそれぞれの得意分野で地域の観光まちづくりに貢献すればいいからである。教員も社会学や観光学から、民俗学や造園学、公共政策や都市計画に至る多彩なバックグラウンドを持った専門家が集まっている。また学生も文系・理系のどちらからでも受験できるようにして、進学したのちに文理融合で、さまざまな学習ができるように配慮している。
多様なバックグラウンドを持った教員・学生が集合して、地域に根差した観光まちづくりをそれぞれの視点から進める中で、観光まちづくりに対する一つの共通理解が生まれてくることを目指している。したがって、学部内に学科を複数に分けることをせず、観光まちづくり学部観光まちづくり学科という1学科として、共通した知識と想いを持った人材を育成することとしている。
観光まちづくり学部が目指す観光まちづくりとはどのようなものであるべきか―このテーマに関して、学部の設置準備段階から専任教員全員で、ワークショップ形式で、「わたしたちが目指す観光まちづくり」を4つの柱、計12のメッセージでまとめ、表現したものが以下のフレーズである。
1. 地域の個性をみつけ、みがく
- 地域の物語を読み解き、伝える
- 地域の資源を活かすことで守る
2. 地域の多様なつながりをつくり、活かす
- 地域に愛されることを大切にする
- 地域で出会えるワクワク感を大切にする
3. 地域の暮らしを支え、豊かにする
- 観光や交流の恵みを地域内に循環させる
- 地域のレジリエンスを高める
4. 地域の未来をつくる人材と仕組みを育てる
- 多様な人々が活躍できる場をつくる
- 継続して取り組める仕組みをつくる
1から3までが、それぞれ地域環境、地域社会、地域経済の柱を表している。これらを並行して継続することで、持続可能な地域が実現することになる。つまりこれらの柱はそのままサステイナビリティの3本柱の表現になっている。
さらに4において、観光まちづくりを継続させるためのマネジメントの姿を描いている。これらがすべて並行して進むことそのものが、観光まちづくりなのである。
こうした観光まちづくりを目指すために、本学部での教育は地域の課題を解決することを主眼とした、グループによる演習中心のカリキュラムを組んでいる。具体的には、2年次から3年次にかけて必修の「観光まちづくり演習」が用意され、専任教員がほぼ総がかりで、まちあるきや統計資料の読み込みによる地域理解などから、地域に対する計画提言にまで至る総合的な演習を少人数にわかれた学生たちがチームをつくって取り組むこととしている。
地域に直接出かけ、地元の人々と接することによって、学生は自分たちが学ぶことが社会に対してどのような役割を果たすのかを実感することになる。現在の大学教育に欠けている「なぜ学ぶのか」ということに関する実感、自分たちの学びが社会の役に立つという実感を育むことができるのではないかと考えている。
こうしたことを可能とするために、多彩なバックグラウンドを持った教員が集まり、チームになって演習教育に当たるというシステムを取っている。
専門の科目群は、前述の4つの柱にあわせて、おおきく4つの分野に分かれている。すなわち、地域を取り巻く社会の構造及び社会意識の実態や課題を学ぶ科目群:第I類(社会)、地域を取り巻く歴史・文化、自然など地域固有の資源の保全管理を学ぶ科目群:第Ⅱ類(資源)、地域の空間構造を踏まえた将来像の構想や働きかけに有効な具体的政策及び計画のあり方を学ぶ科目群:第Ⅲ類(政策・計画)、地域を主体とした域内外の交流のあり方とその関連産業がもたらす経済効果を学ぶ科目群:第Ⅳ類(交流・産業)である。
このほか、こうした学びを実践するための手法としての調査分析手法や他者とのよりよいコミュニケーションを実現するためのデザイン手法を学ぶ科目群を用意している。
4 マーケットといかに向き合うか
こうした観光まちづくりの試みにとってひとつの試金石は、地域と向き合っているだけでは観光は成立しない、いかにマーケットと向き合うかという点である。選ばれ続ける観光地とならなければ、そもそも観光が成立しないのではないか、という点である。
プロダクトアウトだけでは独りよがりに陥りかねない。マーケットインの思考も必須である。それをいかに観光まちづくりの中に取り入れるかという点に関して、どのような方途があるのだろうか。
この点は、いわゆる一般のまちづくりにとっても重要なことだと言える。つまりまちづくりが地域住民の自己満足やひとりよがりになってしまっては、他者の理解を得ることは難しいからである。また、自分たちの生活環境を正面から客観的に見つめるには、他者の目を持つ必要がある。その中で自分たちの地域の本当の強みも弱みも見えてくることになる。観光に関わるまちづくりにはなおさらのことである。
客観的な目で自分たちの地域の環境や社会を見つめること、それは他者の目で自分たちの地域を見直すことにつながる。他者の目によって、日ごろ見慣れているもののうちに新たな価値が発見されることも少なくないのではないだろうか。
ついこの間までのインバウンドの騒動は、まさに外国人の目線による日本の価値の再発見のプロセスでもあった。そうしたことをより身近な営みの中で、じっくりと進めていくことが観光まちづくりにつながるだろう。地域の日常の中に他者の目を持つことは、地域の豊かさにもつながるのである。
もうひとつ考慮しなければならない点は、観光はビジネスという側面を抜きには考えられないという点である。ビジネスは短期的な収益に左右されやすい。そこにはまちづくりとは異質な行動様式がある。
ただし、観光というビジネスは感動や共感といった感情が収益につながるという環境ビジネスであり、そこに特色がある。一方で、まちづくりの側も、ボランティアというだけでなく、継続性を意識するならば収益の視点抜きでは成立しないだろう。観光における合理的な経営が、まちづくりといつも背反しているとは限らない。たとえば、温泉街はまち全体としての魅力を高めない限り、個々の温泉宿の努力だけでは限界があることは明らかだろう。
「地域を見つめ、地域を動かす」―これは、國學院大學観光まちづくり学部が掲げるメッセージである。地域を深く見つめる文系の知と、地域を動かし、よりよいものへ変えていく理系の知とを融合し、単に地域を解釈するだけでなく、また確固たる思想もなく地域を動かすだけでもなく、地域への深い理解と愛情を持って、地域をよりよい方向へ変えていこうという熱い想いを持った人材が、いま求められている。それを「観光まちづくり」をキーワードに追究していきたいと考えている。