一般社団法人 日本私立大学連盟(JAPUC)
寄稿

寄稿 コロナ禍で急速に進んだ映像の教育活用 コロナ禍で急速に進んだ映像の教育活用

加藤 久仁
株式会社NHKエンタープライズ 座談会
イノベーション戦略室 座談会
エグゼクティブ・プロデューサー

はじめに

「映像コンテンツ」は「文献」に勝るとも劣らない一級の資料である。 本能寺の変の直後、明智光秀がどのような表情でインタビューに答えるのか、できることなら見てみたいと思ったことはないだろうか。冷静に信長の非道を責めてこれからの政権構想について語るのか、興奮してがなりたてるのか?…これを見ることができたとしたら、大きな歴史の謎を解くカギになっただろう。
20世紀以降の人類の営みは、政治、文化、芸術、経済活動、社会問題などあらゆる事象が映像にも記録され、文献とともに貴重な文化遺産となっている。高等教育においても映像資料の活用はますます重要になり、こうした動きに対応できる人材を育てることは急務である。 しかし、映像資料、なかでも「動画」は文書と違ってテキストとして配付したり、簡単にコピーして引用することができない。授業で紹介した後に、学生が自分の視点で検証することも現状では難しい。つまり、研究材料、教材としてのシステム構築が文献に比べてはるかに遅れていると言わざるを得ない。
一方で、従来、放送は「送りっ放し」と言われて、どんなにすばらしい番組でも放送された後はそのまま消えてしまうか、倉庫にしまい込まれる運命にあった。しかし、放送こそまさに我々の営みを記録してきた文化遺産であり、我々日本国民の共通体験である。 NHKでも、NHKアーカイブスに保存された番組を「NHK for School」や「ティーチャーズ・ライブラリー」など教育分野をはじめとする様々な形で活用を進め、コロナ禍の中でも効果を上げているが、その成果を生かし、さらに学術や高等教育の分野でも有効に利活用することはできないだろうか。
大きな壁の一つは著作権などの権利。多くの人が出演し、多方面の専門家の共同作業で作り上げられる番組のような動画を多目的に展開するにはそれぞれ新たな権利処理が必要で、これが大変手間がかかる。

1 コロナ禍で急務となった動画映像活用

そんな中、新型コロナ感染拡大により、高等教育においても対面授業が難しくなり、オンライン授業に頼らざるをえない状況となった。慣れない先生方でお困りの方も多いと思う。 この事態を受けて、文化庁では、「授業目的公衆送信補償金制度」の2020年4月からの早期施行に踏み出した。大学や高校などの教育機関が一定の補償金を権利者に支払うことで、授業のためインターネットを使って著作物を使用することができる制度である。これを機にコロナ禍で増大したオンライン授業での映像コンテンツの活用が進み、大学の授業における番組の役割に大きな期待がかかった。
とはいえ、著作物の使用に際しては一定の制約がある。使用する番組は授業を担任する教員自らが用意する必要があり、授業目的でのみ録画した番組を使うことができるが、組織的に素材として著作物をサーバーへストックすることやクラウドサーバーにアップロードして蓄積し、ライブラリー化しておくことは〝著作権者の利益を不当に害する可能性が高い〟のでできない。 そこで、新型コロナ感染流行のもと、オンライン学習の質を向上させるために、NHKグループとして、少しでも教育の現場をサポートできないかと考えたのが、「大学向けオンライン授業用番組ライブラリー」である。
このサービスは、NHKエンタープライズが権利処理を行う精選された約200のNHK番組を学認(学術認証フェデレーション)で特定した学生、教職員に配信し、授業の理解に役立てていただくというもので、これを使えば授業の場だけでなく、これらの番組を教職員や学生が自宅のPCや電車の中のスマホでいつでも何度でも見返すことができるというものである。

2 教育現場からの強い要請で実現

このサービスが始まったきっかけは、新型コロナの流行のもと、リモート学習の質を向上し、幅広い基礎教養を学生がしっかりと身に付けるためNHKの番組を活用できないかという、東海大学からのご相談である。大学と当社の思惑がピタリと合った大変幸せなケースだった。
こういう試みはNHKグループでも今回が初めてなので、権利処理も配信システム構築もまったくの手探りで進めることとなった。
ところが権利許諾に関しては、NHKも他の権利者も「教育目的ならば」と大変好意的だったことは特記すべきことだと思う。コロナ禍での学生たちの窮状に何らかの援助をしたいと思うのは日本人らしい特性なのだろう。
また、こうしたご厚意に報いるためにも許諾外で違法に見られるようなことがあってはならない。数万の学生と教職員をしっかりと限定して配信するということが一番難しいことだったが、これは学認(学術認証フェデレーション)システムを活用するという解決策が、大学担当者の方々との相談の中で生まれ、見事に成立した。
このライブラリーに取り揃える番組は、資料的価値の高い映像の数々で激動の20世紀を蘇らせた「映像の世紀」、日本の高度成長期を支えた人々の記録として人気を博した「プロジェクトX 挑戦者たち」、難解な作品も丁寧な解説で読み解き、作家と作品への理解を促す「100分de名著」など、幅広いジャンルからラインアップするよう心掛けている。 また、独自の配信システムを活用することによって、学生は自分のPCやスマホで、いつでもどこでも予習、復習することができる。

PCとスマホの画面
ユーザーインターフェース

もちろん、聞き取りのためのスロー再生や早送り、ジャンル毎の検索機能なども配備されていてYouTubeなどに慣れ親しんでいる学生たちにも使いやすいように配慮してある。さらに、動画に集中してもらうために文字情報を極力省き、タグを活用し直感的に目的の動画に辿り着くようにしたユーザーインターフェースにも心掛けた。
同じ番組を視聴することによって受講生全員が豊かな「共通体験」を持つという利点もある。視聴をもとに感じたこと、考えたことを授業で意見交換することができ、講師の解説や他の受講生の意見を聞くことで視野が広がり、そこで得られた異なる視点、新たな見方を授業の後に、何度も何度も納得がゆくまで確認することもできる。
つまり、学生全員がアクセスできる、PCやスマホに入った動画図書館として自学自習などに活用することができるのである。
今年度から、東海大学、近畿大学、帝京大学、帝京平成大学でこのサービスは始まっているが、アクセスリポートを見ると、授業時間の他に通学時間帯や夜間に視聴されている件数が多く、本来の目的通りに活用されていることが窺える。また、全体の4分の3がPCで視聴されているが、4分の1はスマホで見られている。
「映像の世紀 勝者の世界分割」を視聴した学生の声を聞くと、

  • 「この動画を視聴して初めて、今までの歴史について昔のことと知らずに終わらせるのは恥であるように感じた。このような時代の出来事、流れを知ることで、今世界で起こっていること、これからの世界の在り方に関する自分の意見がしっかり持てるようになると感じた」
  • 「ヤルタ会談でスターリン、チャーチル、ルーズベルトなど強国の偉い人によって何十万という人や民族の運命が決められたことと、実際にそれを実行してしまえることがとても怖いなと思った。ヤルタ会談でポーランド処分が大きな議題であったということを今まで歴史を勉強していたが知らなかったので驚いた。より自分の国の利益を求め、それは今もなお続いているので人間は欲深い生き物だと思った」
  • 「勝者の考え方ひとつで世界を変えるということに気づきました。今後も勝者のみで国々や社会を変えることが無いようにする必要があると改めて思いました」
  • 「歴史は苦手だったけど動画には没頭できた。繰り返し3度視聴し、戦争の悲惨さを痛感した」
  • 「戦争のない今の日本に生まれてよかったと思った」
  • 「何度でも視聴できるのは◎」
  • 「人の命って何だろうと思いました」
  • 「東西冷戦が起きた原因がリアルに分かり、いい勉強になった」

など本物の映像ならではの感想が並んだ。
他の大学、教育機関からも数多くお問い合わせをいただいているが、ご要望の中には、

  • 学生たちに是非伝えたいその大学独自の情報
  • 名物講義を収録したもの
  • 他の大学との交換素材

などをこのシステムに乗せて身近に、そして確実に全学生に見てもらいたいなど発展的にイメージが広がり期待の高さが分かる。
このように、映像資料が高等教育や学術利用にとって効果的で、大いに有益だという実例が集まれば、映像コンテンツの教育分野での役割に社会的にも理解が高まり、活発な議論につながるのではないだろうか。ひいては動画による映像資料の研究材料、教材としてのシステム構築がさらに高度化していくことを期待したい。

主な番組ラインアップ

3 ポストコロナ社会のハイブリッド化に備えて

もちろん、コロナ禍が落ち着き、対面授業が完全に再開されたとしても、映像コンテンツの活用、なかでも映像配信による情報伝達や教育は今後ますます重要になるだろう。コロナ禍で人々が知恵を絞って模索した様々な経験は、ウィズコロナさらにはポストコロナ社会においてもさらに定着し、発展していくものと思われる。サイバー空間とリアルな空間の融合によって到来する知識集約型社会に生きる学生にとっては、オンライン講義だけでなく、社会に出てからのテレワークやオンライン会議などをどのように効果的に賢く活用できるかが、K字回復するともいわれる模索の時代、そしてそれ以降のニューノーマル社会の中で生きる重要なファクターとなるだろう。
NHKエンタープライズでは、大学など高等教育や研究の現場と緊密に連携し、このライブラリーの充実にとどまらず、より高度な授業活用のためのノウハウの提案や教材の作成、貴重な講義の記録など、オンラインとリアルのハイブリッドな教育のますますの充実を図り、ウィズコロナ、ポストコロナ社会における新しい高等教育の追求に貢献していきたいと考えている。具体的には、医療教育などへの8K映像の活用や、超高解像度技術による文化遺産解析、レストア技術による記録映像の質の向上など、映像技術進歩の成果と映像の専門家集団としての知見を、学問、教育分野の発展のため意欲的に追求していきたい。