国立大学の一部は、2011年4月「公文書等の管理に関する法律」(2009年法律第66号)の施行とともに同法の適用を受けるなど、社会貢献の責務を付託されているが、私立大学においては、建学の精神を体現するなど広報的機能を果たす役割が中心的となっている。しかし、制度的枠組みだけではカバーしきれない部分を担い、社会・文化をより多様かつ豊かに記録・保存していくことは、私立大学の存在意義からも大きな役割の一つであると考える。
そしていま、大学におけるアーカイブズ活用には、二つの波が押し寄せている。
一つは、資(史)料室的役割として、大学が保有する貴重な資料等や、各種資料の収集、整理、保存、閲覧、調査研究という活動において、その形態がデジタル化という時代の流れを受けながら、変化を遂げてきていることである。
もう一つは、コロナ禍という波である。コロナ禍は大学にさまざまな影響、変化をもたらしているが、大学アーカイブズのあり方にどんな影響や変化をもたらしたのだろうか。大学における外部のアーカイブズの活用、大学だからこそ可能なアーカイブズ構築など、今後の大学アーカイブズのあり方の転換点を迎えているとも言えよう。
以上のような問題意識の下、さまざまな取り組みを通じて、大学アーカイブズの現在と可能性を考える契機としたい。
「伝統と創造」を未来と世界に開く―國學院大學デジタル・ミュージアムの取り組み―
星野 靖二
國學院大學研究開発推進機構日本文化研究所教授
はじめに
國學院大學は、1882年に母体となる皇典講究所が創立されてより、建学の精神である神道精神に基づき、「伝統と創造の調和」を標語の一つとして掲げて着実に研究教育の成果を積み重ねてきており、本学図書館と博物館にはその研究を支える貴重なモノ資料が収められている。同時に、図書館や博物館とも連携する形で、本学はデジタル・ミュージアムを10年以上にわたって運用してきている。以下この小稿では、國學院大學デジタル・ミュージアムの特色や課題と今後の展開などについて述べることによって、大学アーカイブズの現在と可能性について考えてみたい。
2009年に正式運用を開始した「國學院大學デジタル・ミュージアム」(以下、「DM」という)[画像1]は、公開からほぼ10年が経ったことなどから基幹システムを含めて全体を見直し、新システムへの移行作業を経て2021年1月に新システム上での公開を開始した。現状において様々な性格を持つ29種類のデータベース(総項目数7万3千件弱、画像やPDFなどのメディア件数7万6千件弱)が、同一のシステム上に登録され、同一のフォーマットで横断検索が可能となっている。
[画像1]國學院大學デジタル・ミュージアム、トップ画面
また、これと一部重複する形で「國學院大學図書館デジタルライブラリー」も運用している[画像2]。これは國學院大學図書館所蔵の貴重資料・特殊コレクションの画像データをまとめて公開しているもので、現状では22のカテゴリーの下に、900点弱の絵巻や写本を収め、総計の画像は4万点弱となっている。
[画像2]國學院大學図書館デジタルライブラリーより國學院大學図書館蔵の『日本書紀(仮名日本紀)』巻一冒頭。同書は國學院大學博物館特別展「『日本書紀』撰録1300年―神と人とを結ぶ書物―」(2021年9月16日~11月13日)にも展示されており、モノ資料とデジタル・データ連携の一例となっている。
1 デジタル・ミュージアム成立の経緯
前段でDMは多様なデータベースを収録していると述べたが、その成立の背景について補足しておきたい。もともと國學院大學では、複数の研究推進主体がそれぞれに各種の学術情報を作成して蓄積しており、様々なデータベースが別々に公開されているという状況があった。
例えば文部科学省学術フロンティア事業に選定された國學院大學学術フロンティア構想「劣化画像の再生活用と資料化に関する基礎的研究」(1999年度~2005年度)においては、大場磐雄や折口信夫らが記録・収集した写真資料をデジタル化・データベース化し、考古学・民俗学・文学・神道などに関わる過去の学術資産を保存し、活用するための道筋を付けた[画像3]。なお、その成果は文部科学省オープン・リサーチ・センター整備事業「モノと心に学ぶ伝統の知恵と実践」(2007年度~2011年度)において継承・展開された。
また、文部科学省21世紀COEプログラムに採択された「神道と日本文化の国学的研究発信の拠点形成」(2002年度~2006年度)においては、その成果の一環として、例えば『神道事典』の英訳版や、また神社を地図上にプロットした一覧データなど、神道・国学に関連するデータベースを作成した[画像4]。
その他、既に運用を開始していた図書館のデジタルライブラリーや、あるいは教員が主体となって作成した諸データベースなどをあわせて、これらが異なるプラットフォーム上で別々の推進主体によって運用されているという状態であった。こうした状況において、利用者側におけるアクセスのしやすさや使いやすさといった問題、運用側における持続可能性の問題などを考え合わせて、統合的に同一システム上に登録することが計画された。
[画像3]折口信夫博士歌舞伎絵葉書資料データベースの検索結果表示画面。歌舞伎愛好家としても知られる折口が蒐集した絵葉書をデジタル化して公開している。
[画像4]Encyclopedia of Shinto (『神道事典』英訳版)トップ画面。『神道事典』(弘文堂、1994年)の英訳で、2005年にCOEプログラムの成果として公開してから、増補を行ってきている。現在、1500弱の項目を英語で解説している。
データベースの統合作業については、解決すべき技術的な問題がある一方で、複数の推進主体間の協力が不可欠となる。これについて、折しも学内の諸研究機関を改組する形で研究開発推進機構という統合的な組織を立ち上げる計画が進められており、これが2007年に発足する。また、その翌年に学術メディアセンターという建物が立てられ、そこに図書館と、展示施設として伝統文化リサーチセンター資料館(2013年に國學院大學博物館と改称)、そして研究開発推進機構が入ることになった。DMはもちろんデジタル・データを取り扱うプロジェクトであるが、研究開発推進機構という組織が立ち上げられ、かつそれが図書館や学術資料館と物理的に近い距離にあるということが計画を進めていく上で大いに助けになった。
DMの構築にあたって、研究開発推進機構に所属する日本文化研究所が取りまとめを行うことになり、各データベースの責任者が参加する企画委員会を発足させ、具体的な問題については各データベースの実務担当者とシステム担当の技術者が参加するワーキング・グループにおいて協議する形で進めることになった。もともと出自の異なるデータベースを同一システムに掲載するにあたって、共通性を持たせるために個々のデータベースの方でデータを修正する必要も生じることになるが、これについてある程度緩やかに進めていくことを前提として、ワーキング・グループを頻繁に開催して議論を行い、各データベース担当者から協力を得て進めることができた。また、どうしてもシステム的に組み込むことが難しいデータベースについては、必ずしも無理に統合するのではなく、連携データベースとして取り扱っていくことを確認する一方で、新規にデータベースを組み込むための手続きを定め、DM全体を取りまとめる担当者・技術者と、新規追加データベースの実務担当者が、相談しながら設計を進めていくことができるようにした。実際に、DMの運用開始後も順調にデータベースは追加されており、本学の教員や研究開発推進機構の研究成果をDM上で公開するという一連の流れがある程度確立している。
2 デジタル・ミュージアムの特色
発足の経緯について少し長く説明したのは、それがDMの特色につながっているからである。DMは國學院大學の諸機関が協力して運用しているシステムであり、そこに研究開発推進機構が組織として関わっていること、かつ図書館や博物館のような大学設置機関と連携していることが大きな意味を持っている。
その特色として、まずDMの恒常性を挙げることができる。現在、研究者が自らの研究成果をインターネット上に公開することは珍しくなく、あるいはデータベースとして貴重な学術情報を公開している場合もあるだろう。しかし、それが研究者個人によって運用されている場合に、持続可能性の問題が出てくる。つまり、何らかの事情でその研究者がデータベースのメンテナンスをすることができなくなった場合に、誰か引き継ぐ者があれば良いが、単に放置され、いずれ消滅してしまうことも想定される。
これに対してDMは、登録されているデータベースについて、継続的にメンテナンスすることを計画当初から組み込んでいる。現在のDM上には、退職した教員の主導によって構築されたデータベースが含まれているが、それらを今後質的に拡充させていくことはできないとしても、教職員が連携してアーカイブ的にメンテナンスしていくことになっている。実際に、今回の新システムへの移行に際しても、全てのデータベースを移行させた。このようにDMは、登録データベースについて持続的な運用を保証しており、それらの学術情報を未来へと開いていく体制を整えているのである。
また、これも計画当初から組み込まれていた方向性であるが、国際的な情報発信を意識していることも特色となる。システムとしても可能な限り日本語と英語を併記するようにしており、また登録データベースの中には『神道事典』の英訳版やコリア語訳版、英語で説明された神社の写真データベースなどが含まれている[画像5・6]。これらのうち特に『神道事典』の英訳版は海外の研究者から高く評価されており、今後はより広範な利用者に対して、これらのデータベースにたどり着いてもらうための工夫―より世界に対して開いていくための工夫―が必要であると考えている。
もちろん、成立の経緯も内容も多様なデータベースを同一システム上に登録していることが特色であることはいうまでもなく、これも前述したように学内諸機関、教職員の協力によるものである。ただしこれについては、2020年にジャパンサーチが正式公開されたように、現在では単一のシステム上に多くのデータを保持するだけでなく、外部の横断検索サイトと連携し、外部から見つけてもらう方向性により発展性が見込まれる。ちょうど新システムに移行したこともあり、これは今後の検討課題となっている。
[画像5 上]Nijūnisha (The 22 Shrines) Image Collection(二十二社写真データベース)の地図表示画面。平安時代に定められた二十二社について、各社に英語の説明を付け、その写真をまとめたデータベース。図は二十二社を地図上から検索できるようにしている画面。
[画像6 右]Nijūnisha (The 22 Shrines) Image Collection(二十二社写真データベース)、神宮の詳細表示画面。地図から各社の詳細表示画面に遷移するようになっている。
[画像6 右]Nijūnisha (The 22 Shrines) Image Collection(二十二社写真データベース)、神宮の詳細表示画面。地図から各社の詳細表示画面に遷移するようになっている。
3 デジタル・ミュージアムの課題と今後
前段で述べたように、DMの基本的な特色については運用開始時から変わっていないが、新システムに移行したことを契機に、利用者の利便性向上、データの多面的な連携・展開、自立的な運用体制の確立がさらに進められている。特に、図書館や博物館のように具体的なモノ資料を持っている諸機関との連携は重要であり、これらの機関の教職員や学芸員が恒常的に新DMの運用に携わっている。
例えば、現在DMはトップページに「テーマ検索」機能を設けている。これは、DMに登録されている学術研究資料データの中から、特定テーマに合致するデータが専門的知識なくボタンを押すだけで検索表示させることができる機能である。現在設置しているテーマ検索「祭礼図」「絵物語」は、本学の図書館、研究開発推進機構が所蔵する貴重書等から当該テーマに基づいた検索ツールになっている。また、博物館の展示資料とテーマ検索の連携でも活用している。博物館の観覧者は実際の資料を観覧しながら、自身のスマホをQRコードにかざすことで、ある企画展のテーマ検索により当該資料群が検索され、展示資料を観覧しながら資料の拡大画像や詳細情報を見ることができる(例えば11月13日まで開催されていた特別展『日本書紀』において設置)。博物館の企画展との連携は、DMが時機を捉えた機動性に富んだ新しい発信コンセプトを提示する。また、博物館はコロナ禍にあって、YouTube上にOnline Museumのチャンネルを公開するなど新しい試みを進めている。現在は企画展の解説動画を中心に公開しているが、今後は常設展示資料の解説動画をDMに登録し、博物館の観覧者がスマホアプリで解説動画を見ながら観覧できる仕組みを用意する。今後は、さらにDM上で公開可能なコンテンツの拡充も引き続き推進していくとともに、検索画面の改善、ジャパンサーチとの連携、画像利用や資料閲覧等に関する手続きの簡便化等、新たな機能の展開を進め、DMの発信力と活用度をより一層向上させていく予定である。
國學院大學は2022年に創立140周年を迎え、創立150周年も視野に入ってきた。こうした状況において、これまでに蓄積された学術情報を電子化して広く公開することを積極的に推進し、より使いやすく、そして使ってもらえる大学アーカイブズを作り上げていきたい。