一般社団法人 日本私立大学連盟(JAPUC)
寄稿

寄稿 コロナ禍に立ち向かう医科大学・医学部 コロナ禍に立ち向かう医科大学・医学部

新井 一順天堂大学学長

はじめに

令和2年1月15日に我が国初の新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の発生が確認されて以降、同年3月〜5月の第1波、6月〜9月の第2波、そして11月以降の第3波の感染流行に日本全土が見舞われることになった。政府は令和2年4月7日に東京・神奈川・埼玉・千葉・大阪・兵庫・福岡の7都府県に対して緊急事態宣言を発令し、4月16日には対象を全国に拡大した。その後段階的に宣言は解除され、5月25日の東京・神奈川・埼玉・千葉・北海道の5都道県での緊急事態宣言の終了をもって、およそ1か月半ぶりに全国で宣言が解除された。しかし、第3波の感染流行を受けて令和3年1月7日には2回目の緊急事態宣言が東京・神奈川・埼玉・千葉において発令され、その後1月13日には宣言は11都府県に拡大、2月2日には11都府県のうち栃木を除く10都府県で宣言を3月7日まで延期することが決まった。その後、中部・関西・九州の6府県では2月末をもって宣言は解除されたが、関東4都県については3月7日以降も宣言が継続されることになった。令和3年3月7日の時点で国内のCOVID-19感染者数は1万2211名、累計感染者数は43万8956例、死亡者は8227名、退院者数は41万8261名であった。社会全体がCOVID-19の流行により大きな打撃を被ることになったが、大学そして医学部もその例外ではない。大学の使命は教育・研究・社会貢献であるが、医学部の場合は大学病院での診療もそれに加わる。本稿では令和2年4月以降、全国の医学部がCOVID-19にいかに対峙してきたかを述べる。

1. 教育への影響

現在、我が国の医学教育は平成28年度に改訂された医学教育モデル・コアカリキュラムに則って実施されているが、全ての教科がほぼ必修という極めて密なカリキュラムであることに加え、60週以上の臨床実習(病院でのベッドサイド実習)を行わなくてはならず、COVID-19の流行により大きな影響を受けることになった。
令和2年4月の緊急事態宣言を受けて、ほとんどの医学部において7月までの前期に関しては、授業の開始時期を遅らせた上でオンライン授業、すなわち遠隔授業を採用することになった。令和2年5月1日、文部科学省は「遠隔授業等の実施に係る留意点及び実習等の授業の弾力的な取扱い等について」とする通知を発出した。このなかで遠隔授業実施の条件として、1.シラバスに沿って実施されていること、2.教員が出席管理、確認的課題の提出などで授業実施状況を把握すること、3.学生一人一人に情報を伝達し、学生からの相談に応じることのできる体制であること、4.大学が組織的に遠隔授業を把握管理していることが示された。全ての医学部はこれらの条件に沿ってオンライン授業を導入することになったが、同期性・非同期性と一方向性・双方向性の座標軸のなかで、オンデマンド型と同時双方向型の遠隔授業が各医学部の工夫によって組み合わされ実施されている。後期に入った令和2年9月15日、文部科学省は「大学等における本年度後期等の授業の実施と新型コロナウイルス感染症の感染防止対策について」とする通知を発出し、そのなかで感染対策を講じた上で対面授業の実施が適切と判断される場合には、その実施を検討するようにと指示を下した。実際のところ、令和2年9月以降多くの医学部で感染対策を講じた上で対面授業が再開され、これとオンライン授業を併用する形でカリキュラムが進行することになった。
令和2年6月5日、文部科学省は「大学等における新型コロナウイルス感染症への対応ガイドラインについて」の通知のなかで、学修機会の確保のために医学部を含む医療関係職の実習については、演習や学内実習等により代替が可能とし、さらに実習の実施期間が例年に比べて短縮・遅延された場合であっても正規の課程を卒業した者については国家試験の受験資格を認めるとした。医学生の臨床実習は文字通り臨床の現場で行われるため、例えば病院内でCOVID-19症例が発生した場合には、学生の病院内への立ち入りを制限せざるを得ないことになる。また、多くの病院は、COVID-19の流行にともない入院患者への家族の面会を制限しており、果たして学生の病院内の立ち入りを認めるか否か議論があったのは事実である。しかしながら、非常事態ともいえる状況であるからこそ、その現場を学生に経験させることに意義があるとする意見が多く、現在は多くの医学部において学生に会食や部活動の禁止などの条件を課し、さらに2週間を遡る健康管理票を提出させ必要に応じてPCR検査を行い、その上でマスクとアイシールドを装着させて臨床実習を許している。一方で、学生と患者の接触を必要最小限にすべく、シミュレーターを用いた実技実習の拡充が図られ、患者の訴えや症状から診断を導き出す臨床推論や医療面接実習の一部をオンラインで行うといった試みもなされるようになった。
医学部4年の学生は病院での臨床実習を前に、それに足るだけの知識を習得しているかを問うCBT(Computer Based Testing)と技能を問うPre-CC(Clinical Clerkship) OSCE(Objective Structured Clinical Examination)を受験しなくてはならない。また、6年の学生は卒業に際して、やはり習得した技能を問うPost-CC OSCEに合格した上で、医師国家試験に臨まなくてはならない。令和2年7月1日の時点で厚生労働省は、令和3年2月6日と7日に予定される第115回医師国家試験については例年通り施行する旨の通知を発出した。一方、全国規模で実施されるCBTとOSCEについては、これを管理・運営する医療系大学間共用試験実施評価機構(CATO)が、不測の事態を想定してCBTとOSCEの実施期間の大幅な延長を認めるとの通知を令和2年3月31日に発出した。しかしながら、第115回医師国家試験は予定通りに実施され、またCBTとOSCEも大きな混乱なく行われたことに、学生はもとより医学部関係者は大いに安堵したところである。
COVID-19流行前後を比較すると、令和2年度に限ったことではあるが対面授業の比率は減少、オンライン方式の授業は増加、臨床実習は減少、シミュレーターを用いた実技実習は増加するといった現象がみられた。COVID-19が終息した後の状況を想像すると、対面授業とオンライン授業の併用はさらに進化して継続することが予測される。一方、臨床実習については、日本医学教育評価機構(JACME)による医学教育分野別評価があることから、やはり60週程度の週数は確保せざるを得ないように思われる。ただ、COVID-19流行前に比べると、シミュレーターによる実技実習の拡充やオンライン型医療面接実習の導入など臨床実習にも質的変化が起こるはずで、全体として医学教育の質向上が図られることを期待したい。

2. 研究への影響

令和2年5月14日、文部科学省により「感染拡大の予防と研究活動の両立に向けたガイドライン」が示された。研究施設への立ち入りは、研究に使用する生物、装置、毒劇物等の薬品、基本インフラ等の維持・管理のために限定されるべきであるが、その一方で研究活動は多種・多様であるが故に各々事情に応じて適切な管理下で研究活動を実施すべきというものであった。実際のところ、令和2年4月の緊急事態宣言発令以降、多くの大学において研究施設の一時的な閉鎖、あるいは使用制限といった措置が執られ研究活動に大きな影響が生じることになった。
令和2年5月に文部科学省科学技術・学術政策研究所は、博士人材データベースに登録している理学・工学・保健各領域の博士課程在籍者および博士課程修了者(退学者含む)に対して「新型コロナウイルス流行の研究活動への影響等に関する調査」を実施し、その結果を6月に公表した。医学研究科が含まれる保健領域からの回答を見ると、「研究への影響はあったか」という問いに対して約8割で「影響あり」と答えており、その比率は理学・工学領域とほぼ同等であった。一方、研究施設等の利用停止に関しては、研究活動に影響があったとする保健領域からの回答は約5割で、その比率は理学・工学領域に比してやや低くCOVID-19流行の影響は少ない傾向となった。その理由は明確ではないが、保健領域の研究者は理学・工学領域に比べて緊急事態宣言下であっても大学に通う頻度が比較的高かったという調査結果と符合しているのかもしれない。
大学から創出される研究成果へのCOVID-19の流行の影響を検証するために、文献データベースであるWeb of Scienceを用いて国立5大学、公立1大学、私立12大学から発出された医学生物分野の論文数の年次推移(平成12年〜令和2年)を見てみた。平成12年以降、ほぼ全ての大学において論文数は右肩上がりで増加してきたが、令和2年は令和元年に比較し増加率は鈍化あるいは微減となり、COVID-19の流行の影響は明らかであった。特に、被引用数が高い論文(上位10%)に着目すると、ほぼ全ての大学で令和2年の発表論文は減少しており、COVID-19流行による研究推進力の失速が明確に示された。しかしながら、このような状況下にあっても各大学ともCOVID-19に関連する基礎的、臨床的、さらには疫学的な研究への意欲は旺盛で、実際のところ大学発のCOVID-19関連の高引用論文が散見されているのも事実である。
今後の課題は、COVID-19流行により停滞した研究活動の賦活化にあることはいうまでもないが、幸いにして文部科学省や厚生労働省による科学研究費、さらに日本医療研究開発機構(AMED)による研究費は、COVID-19の流行の影響を受けることなく支給されている。また、厚生労働省の科学研究費やAMEDの研究費に関しては、ヒアリング審査がオンラインで行われるようになり、最初は審査する側、される側ともに戸惑いもあったが、1年が経過してオンライン審査が当たり前になってきた。ポストコロナかウィズコロナかの表現はともかく、医学部には支援体制を含め研究遂行のための新たな取り組みが求められている。人類に貢献する成果を創出するため、そして次世代を担う研究者を育成するために、各医学部は研究の火を絶やさぬように様々な努力を積み上げていかなくてはならない。

3. 診療への影響

全国医学部病院長会議(AJMC)は、令和3年1月に全国82大学病院(本院)に対してCOVID-19患者の受け入れについて緊急調査を行った。それによると、全国で中等症・軽症の患者用の病床は1216床、重症用は518床が確保されており、中等症・軽症病床の利用率は全国平均61.0%であったが、緊急事態宣言下にあった4都県では74.5%であった。重症病床の利用率は、全国平均58.7%、緊急事態宣言下の4都県で72.4%であり、さらなる感染拡大にともない増加するであろう重症患者用の病床を増やすことの必要性が認識されたところであった。
大学病院は当然のことながら地域の基幹病院として、高度な医療を提供する責務を負っているが、同時にこれまで他の公的病院等とともに多くのCOVID-19患者を受け入れてきた。特に私立大学医学部・私立医科大学は、本院以外に多数の分院を有しその貢献度は高い。日本私立医科大学協会の調査によると、令和3年2月26日の時点で同協会加盟大学74病院(本院と分院を含む)が受け入れたCOVID-19患者は累計1万294人(入院中621人、退院9673人)であった。このような状況のなか、問題点も浮かび上がってきた。まずは医療収入の減少である。ほとんど全ての大学病院において令和2年4月と5月の医療収入の落ち込みはマイナス10〜20%と顕著であり、その後回復基調にあるものの令和元年のレベルに復していないのが現状である。政府の補正予算による病院への財政支援はあるものの、COVID-19の流行は大学の経営に影を落とすことになった。しかし同時に危惧するのは、医療収入減少の裏に患者の受診控え・入院控えがあり、従来行われてきた健康診断が実施されていない、手術件数が令和元年のレベルに復していないといった事実が存在していることである。すなわち、がん・脳卒中・急性心筋梗塞などに対して行われるべき治療が、患者側の理由あるいは病院側の事情で滞ってしまい、救える命が失われるといったことが起きていないか注視しなければならない。COVID-19患者も重症化すれば人工呼吸器やECMOによる治療を要し、当然大学病院などの設備・人員の整った施設での対応が必要となるが、本来行われるべき高度医療とCOVID-19への対応をどのようにバランスを取っていくのか、またそれを医療供給体制の全体像を俯瞰した上で誰がコントロールするのかが課題として残ったように思われる。厚生労働省および都道府県が進める医療計画の中心に5疾病(がん・脳卒中・急性心筋梗塞・糖尿病・精神疾患)・5事業(救急医療、災害医療、へき地医療、周産期医療、小児医療)が据えられているが、これに感染症は含まれていない。COVID-19のような新規感染症の流行は一種の災害との認識をもって、その対応については日頃から地域ごとに行政を交えた議論を積み上げておくことの必要性を痛切に感じているところである。

おわりに

COVID-19の流行は、医学部における教育・研究・診療に多大なる影響を及ぼしたが、一方でこれまで先送りにしてきた様々な課題を喫緊のものとして我々に突きつけることになった。今後は、まさに「ピンチはチャンス」の気概をもって事に当たり、これらの課題を一つ一つ解決していくことが求められている。

謝辞:執筆にあたり協力いただいた、順天堂大学研究戦略推進センター研究企画・管理室 リサーチ・アドミニストレーター 髙野秀一博士に謝意を表する。