一般社団法人 日本私立大学連盟(JAPUC)
特集

特集 コロナ禍における大学の取り組み コロナ禍における大学の取り組み

令和2年度の春学期は、世界的な新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響を受けて、授業開始の延期、オンライン授業導入の対応から始まった。この影響は、在学生に対する授業や各種支援という側面のみならず、入学者選抜、就職活動といった、大学にとっても学生(受験生)にとっても重要な時間軸への広がりを見せている。
新型コロナウイルス感染症への対応は今後も求められていくことが明確な中で、各大学においては、秋学期、さらにはその先の対応を随時検討していく必要が生じており、ウィズコロナ、アフターコロナ時代の大学のあり方が問われている。
本特集は、各大学の取り組みと対応、および今後の課題等について、現段階での第一次対応のアーカイブとして企画するものである

基調論文コロナ禍の心構え ―新生活様式を前向きに考える―

出口 治明
立命館アジア太平洋大学(APU)学長

ウイルスによって変化・進化する私たちの日常と人類のこれから

ホモサピエンスが地球上で誕生したのは、およそ20万年前のこと―。ウイルスはそのはるか昔から、この星に存在している。現下の新型コロナウイルス感染症の拡大は、人類と未知のウイルスが偶然遭遇して生じた、自然的災害に他ならない。今はその猛威が地球上に吹き荒れている状況であるが、その嵐は永遠ではなく、いつかは必ず終息するものである。いま、われわれに問われているのは、目の前に提示された課題にどのように向き合うかということである。
新型コロナウイルスに対する決定的に有効な薬やワクチンが開発されていない現状は、いわば「ウィズコロナ」の時代といえる。この状況下においては、ウイルスの蔓延・拡散を防止することが最も重要であり、人との接触と移動を控え、ウイルスの拡散を防ぎながら生活することが、われわれができる唯一の策である。
一方、この数カ月の「ステイホーム」期間の経験から、新たな可能性と大きな変化を実感している人も多いのではないだろうか。
現代のような情報化社会においては、世界中のどこの国や地域が、いかなる策を打ち出しているかという情報を、いつ、どこにいても、容易に入手することが可能だ。われわれ一人ひとりが情報を取捨選択し、進むべき道を検証することができる時代を迎えたといえよう。
さかのぼること約100年前に流行したスペイン風邪では、世界の死者数は5000万人とも推測されている。新型コロナウイルスにおける死者数は現時点(8月3日現在)で約68万人となっており、その規模において大きな差が生じている。この明確な差は、人類がこの100年の間で入手した情報ネットワークとグローバルな視野の賜物といえよう。 
パンデミックを乗り越えた先には、必ずそれ以前よりも進化した世界が待っている。それは、ペストやスペイン風邪を乗り越えてきた人類の歴史が教えてくれている紛れもない事実であり、新型コロナウイルスについても例外ではないはずだ。

ウィズコロナとアフターコロナ 2つの時間軸で物事を考える

人間の脳は接線思考となりやすい傾向がある。円周とそれに一点を接する接線をイメージしてほしい。円をほんの少しずらしただけでも接線の傾きは大きく変化してしまう。ともすれば、人間は現状の延長線上で未来や物事を考えがちであるが、このコロナ禍においては、現状の延長ではなく、ウィズコロナとアフターコロナの2つの時間軸で考える必要があるのではないか。それぞれの課題やなすべきことを時間軸で分けて考えることで、混乱した状況を整理し、適時適切な対応策を講じることができるはずだ。大きな課題に対応するには、時間軸を持つことが決定的に重要である。
繰り返しとなるが、「ウィズコロナ」の現状では、ウイルスを拡散させないために、リアルな交流やそのための外出を避けて生活を送るしかない。国内のみならず、国境を越えた物理的な移動は、縮小せざるを得ないだろう。しかし、世界中の研究機関や研究者は、時に競い、協力しながら薬やワクチンの開発に取り組んでいる。その効果が実証され、一般に使用されるようになる「アフターコロナ」の世界は、着実に近づいてきているのだ。
そこでは、もう一つの時間軸である「アフターコロナ」を見据えた、新しいプロジェクトやグローバル対応への準備を進めるべきである。コロナ以前に戻るのではなく、これを機に新たなチャンスを掴み、大きな飛躍を遂げる人や組織も出てくるはずである。「アフターコロナ」の時代を切り開く、人類の英知を信じたい。

大学の価値と大学で学ぶことの意義を問い直し変革を進める

新型コロナウイルスは、大学にはどのような影響を及ぼしたのだろうか。卒業式・入学式の中止、前期の授業を結果的に100%オンライン実施とするなど、学生の学びを止めないために、各大学は試行錯誤しながらこの状況に立ち向かっている。しかし、ここでさらにもう一歩踏み込み、根本的に「大学とは何か」を問い直し、変革を実践していくべき契機なのではないかと感じている。
学生がキャンパスに集うことが難しい現在、大学はオンラインでの授業を展開するしかない。しかし、オンライン授業だけでは、大学が本来持っている価値を学生に提供することができないと考える。教育と研究の現場である大学にとっては、場=リアルなキャンパスこそがその価値なのではないだろうか。
歴史上の英雄アレクサンドロス大王の父、ピリッポス二世はギリシアの哲学者、アリストテレスをアレクサンドロス大王の家庭教師として招聘した。しかし、それだけにとどまらず、ミエザという地に学び場を作り、貴族や将軍の子弟たちを集めて、アレクサンドロス大王と共に学ばせたのである。共に学んだ者たちの中には、後のアレクサンドロス大王の側近となった人物も多数存在した。集団で、共に学ぶ場があることで、人はより一層学んできたことを歴史は教えてくれる。
人間には「怠けたい」という本性があるが、だからこそ、仲間同士で刺激し合い、動機づけを行う「ピア・ラーニング」が必要である。アメリカのミネルバ大学では、授業は100%オンラインで行われているが、ここでもピア・ラーニングが取り入れられている。世界各地から集う学生は全員寮に入り、仲間同士のコミュニケーションを通じて向上心や競争心を高めていくのだ。一人ひとりの習熟度に合った知識を与える教育は主にオンラインで行い、探求心などが問われる教育をオンサイトで行っていく―。これからの教育現場はそういった「ハイブリッド型」が主流となっていくだろう。
立命館アジア太平洋大学(APU)でも、春学期の授業はオンラインのみで実施してきたが、秋学期の授業からはオンサイトも取り入れた「ハイブリッド型」でチャレンジを行っていく予定である。このパンデミックを悲観的に受け止めるのではなく、前向きに変化していく契機として捉え、挑戦していく姿勢こそが、これからの大学にとって必要なことではないだろうか。今こそ、キャンパスの価値を高め、それぞれの大学の個性やありかたを見据えていくべき時であろう。
『種の起源』を残した生物学者のダーウィンは、この地球上で生き残ってきた種は決して強いものではなく、「運」と「適応力」を持ってきたものだと述べた。新型コロナウイルスの登場を予言した者は存在せず、これからも世界で何が起きるのかは、誰にも予測不可能である。だからこそ、過去を学び、様々なケースを知ることが重要なのだ。教材は過去にしか存在しない。
大きな自然災害はいつまた起こるかはわからないが、それが起きた時、過去に学んでいるかどうかが重要だと考える。スペイン風邪の流行などからの学びで、現在生かされていること、そして情報化や技術の進展によって、変化がもたらされていることは先述したとおりである。「学ぶ」ということの大切さ、重要性はまさにこれに尽きる。
適応力を高め、これからの時代を柔軟に生き抜く力をつけるために必要なことは、「タテ・ヨコ・算数」の視点で物事を考えることである。タテとは歴史、ヨコとは世界との比較、算数とはデータ・エビデンスを意味する。変化を恐れず、柔軟に適応し、これからの世界で活躍する力を育んでいくためにも、学生たちにはどんな状況でもたゆまず、それぞれの学びを深めていってほしい。